久保田利伸。
早い話が日本の黒人音楽。黒人音楽の日本人、ということになる。
時代も降って現在、2017年にもなると、ソウル/R&Bを歌う日本人でございます、というシンガーは掃いて捨てるほどの数になったのだが、86年のデビュー以来、少なくとも10数年は「日本人の黒人」はミュージックシーンに彼1人だったし、空前絶後のパイオニアとしかいいようがない。
なんといっても声。マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーを彷彿とさせるその声にまず天賦の才があり、進むべき道を進み、切り拓くべき道を切り拓いた。
そんな久保田利伸と僕の出会いはデビューアルバム『SHAKE IT PARADISE』。ビニール盤LPの一曲目『流星のサドル』に針を下ろしたその瞬間。
夜を越えてゆくのさ 流星のサドルで
僕は叫んだ。
「あれ?この声、知ってる?!」
僕と久保田利伸はすでに出会っていたのだ。1984年11月28日に発売されたラテン・ピアニスト松岡直也のアルバム『LONG FOR THE EAST』。
ふつう、インストゥルメント曲だけで構成されるフュージョン・アルバムにヴォーカル曲というのが珍しいのだが、一曲目『THE LATIN MAN』だけは歌が入っていた。
タイトルからわかるように、ラテン音楽一筋の松岡直也の所信表明ともいえる一曲だ。
そのヴォーカルが、もう、めちゃくちゃ上手かった。まずは添付のyoutube『THE LATIN MAN』を聴いてほしい。
当時、僕は「この歌の上手さ…タダ者ではない。誰だ?」と思って調べたのだが、わかるわけがない。それはまだ無名の久保田利伸だったのだ。
その2年後、その声の主がついにデビューして、いま僕の前に現れた。
久保田は続く『TIMEシャワーに射たれて…』『Missing』『You Were Mine』とあっとういうまに時代を上り詰めるのだが、この時は大学生である。「彼が参加していたバンドを聴いて、いいシンガーだなと思って、歌ってもらいました」とは後年、松岡直也が語ったものである。
久保田利伸自身も後にラジオ番組で「あれが原点だった」と言っている。
だが、無名の新人なのに、久保田利伸は英語による作詞も任されており、ここにも技が光っていた。サビの
You may meet’n tell
The latin man
Hot and cool
The latin man
の所が
夢見て ラテン・マン
果てなく ラテン・マン
と日本語に空耳できるようになっているのだ。ラテン音楽を日本に広めるために生きてきた松岡直也にとっても、これは満足いく歌詞だったに違いない。
このアルバムが発表された半年後の1985年3月8日には、松岡直也が作曲・編曲した中森明菜の『ミ・アモーレ』が発売となり、その年のレコード大賞を獲得するのは前回述べた通りだ。
松岡直也はこの時期、若い才能を発掘しチャンスを与え、また最高の楽曲を授け最高の結果を保証する、まさに「名伯楽」ともいうべき地位についていた。
その松岡直也も2014年4月29日にラテン音楽一筋の人生を閉じた。
日本人の中から、たったひとり黒人の声を持つ若者を見出したように、天国でもきっと名伯楽ぶりを発揮しているに違いない。
松岡直也の話は、まだ続けようと思う。
2017.04.23
AppleMusic
AppleMusic
Information