曇り空のせいかゴールデンウィークの表参道は意外と人が少なく快適だった。銀行に行くついでに気まぐれに山陽堂書店に立ち寄る。時代から取り残されたレトロな壁画が印象的な小さな書店。週刊新潮の表紙を飾っていた谷内六郎氏のタイル画が私の子供の頃と変わらない姿で残されている。
その書店の一番目立つ棚に残されていた一冊の本。それは小泉今日子さんのエッセイ「黄色いマンション 黒い猫」だった。私は店頭でほんの少しの間ページをめくり、久しぶりに立ち読みということをした。
デビュー前、表参道にある作曲家の家にレッスンに通っていたという彼女。デビューし原宿の黄色いマンションで過ごした日々。自分が生まれ育ち過ごした街の風景が小泉さんの目を通した風景で語られていく。生まれ育った場所も生き方もまるで違うはずなのに、私には彼女が見た渋谷、原宿、表参道と同じ風景をまるで自分のことのように感じることが出来た。
小泉さんとは同い年。学年も一緒。でも当然のことながら何の接点もない。同じ街で過ごしながら本人と遭遇したのはたった一度のみ。原宿の交差点で偶然通り過ぎた… その一瞬の出来事に過ぎない。あれは1981年、或る日曜の午後。高校のクラスメイトと横断歩道を渡る途中。ちょい悪ヤンキーのマコトが彼女を見つけて慣れた感じで最初に声をかけた。
「君、この前スター誕生に出てたよね!」
「あ… はい。」
「今日は何か撮影?」
「ううん、ちょっと散歩。」
「よく来るの?」
「ええ、まぁ…。あ、信号変わっちゃうよ。」
「俺たち応援するよ。またね~。」
天使のような女の子は頬を染め、ふわりとブラウスを風になびかせて走って行った。50歳になりエッセイで当時を振り返った彼女。そこには裸の小泉今日子がいた。表参道の歴史をずっと見つめてきた書店で彼女のエッセイと出会ったのはちょっとした事件。あの日あの時、16歳直前の神宮前交差点。私は彼女の本当の姿に何一つ気付くことができないただの幼い坊やだった。
2016.05.07
YouTube / 私の16才
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