『小田和正が見せた涙。言葉にできない ~ 前篇』からのつづき
翌1999年「言葉にできない」は新たなアレンジが施され、明治生命(現:明治安田生命)のCMソングとなる。使用箇所はサビの手前の「あなたに会えて ほんとうによかった」から。ここから使われたことでこの曲は普遍的なラブソングの表情を得た。
2001年の小田和正のオフコースナンバーのセルフカヴァーアルバム『LOOKING BACK 2』で発表されたこの曲は、翌2002年の大ヒットアルバム『自己ベスト』にも収められ、そこからの “快進撃” は語るまでもないであろう。
コンサートでもこの曲はハイライトとなった。場内に数か所設置された歌詞を表示するプロンプターも電気が落とされ、大型ディスプレイも落とされ、照明だけが残る中、小田はピアノの弾き語りでこの曲を切々と歌う。ピンと張りつめた空気は緊張をも強いる程であった。
その「言葉にできない」が違う表情を見せたのが、今年2016年のツアー『KAZUMASA ODA TOUR 2016 君住む街へ』であった。最新オールタイムベストアルバム『あの日 あの時』を受けてのこのツアーで、「言葉にできない」は、この曲が収められたオフコースの1981年のアルバム『over』の最後の曲「心はなれて」に続いて歌われた。
この曲順は『あの日 あの時』の通りであり、実は1982年のオフコース日本武道館公演とも同じであった。そして「心はなれて」も小田の、オフコースを脱退していく鈴木康博に対する想いを歌った曲であった。1982年の最終公演では、この曲を歌い切った安心感と油断から次の「言葉にできない」で不覚にも涙してしまったことが、今年小田によって明かされた。
今ツアーの「言葉にできない」は照明だけの演出もこれまで通りだったのだが、今までに比べて空気は柔らかく感じられた。それはこの曲が背負っていたものが、前曲「心はなれて」と共有されたこともあるのではないかと僕は感じた。実際、34年前のオフコース武道館公演の写真が映し出されたのは「心はなれて」の時だったのである。
しかし6月30日の東京体育館公演で、またしても我々をあっと驚かせる出来事が起こった。実はこの日は1982年のオフコース日本武道館最終公演からちょうど34年。何とこの日、「言葉にできない」で小田が涙を見せたというのだ。1989年の東京ドームから27年振りに。予想外も予想外とは正にこのこと。34年前と同じ曲順だったことが寧ろ小田の心を動かしたのであろうか。翌日に足を運んだ僕にはこれ以上語ることは出来ないのだが。
「言葉にできない」はこれからもまた違う表情を見せてくれるのだろうか。それにしても私的な想いを普遍的なラブソングまで昇華させる高いアーティスト性を持ちながら、一方でその私的な想いに揺れ動く人間味を見せてしまう小田和正とは、何とも “ロック” ではないだろうか。そんな称号はご本人は全く気に入らないかもしれないが。
2016.11.04