新曲と入れ替わってもチャートイン!松田聖子「SWEET MEMORIES」
1983年、デビュー4年目に入った松田聖子の通算14枚目のシングル「ガラスの林檎」は、夏真っ盛りの8月1日にリリースされた。発売から2週間後のオリコン・シングルチャートでは1位を獲得。テレビ歌番組の花形、『ザ・ベストテン』でも、8月18日の放送で3位に初ランクインの後、9月1日、9月8日と2週にわたって1位を獲得した後、11月3日の放送まで12週間もベストテン圏内を保持することになる。
通常のシングルであれば、このあたりで新曲と入れ替わってチャートから遠ざかってしまうのであるが、10月28日に次作の「瞳はダイアモンド」がリリースされた後にも、まだ売れ続けるというレアケースであった。理由はもちろん、カップリング曲の「SWEET MEMORIES」である。
その動向は『ザ・ベストテン』のランキングを追うのが一番判りやすいかもしれない。「瞳はダイアモンド」がいきなり2位でベストテン入りした11月17日の放送で、「SWEET MEMORIES」も9位にランクイン。翌週から「瞳はダイアモンド」が8週連続で1位をキープすることになるのだが、その間、12月15日放送までの5週にわたって、「SWEET MEMORIES」も8位から10位の間で同時ランクインを続けることとなった。
シングル「ガラスの林檎」に価値観をもたらしたカップリング曲
松本隆作詞、細野晴臣作曲による「ガラスの林檎」はスケールの大きな、完成度の極めて高い楽曲で、当時の聖子陣営がレコード大賞を狙いにいった作品であったと推察される。個人的にも、既にアイドルの域を脱していた松田聖子がいよいよ歌謡界の頂点に輝くには文句なしの1曲と思っていた。
しかし結果的にレコード大賞はノミネートの金賞に留まる。その他の音楽祭でもさまざまな賞を受賞し、テレビ朝日系列の『あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭』ではゴールデングランプリに輝いたものの、やはりレコ大の威光には及ばないものであったとおぼしい。
そんな「ガラスの林檎」のシングルにさらなる価値観をもたらしたのは、カップリングが「SWEET MEMORIES」であったことだ。「ガラスの林檎」のアレンジを作曲の細野と共に手がけた大村雅朗が、作曲とアレンジを担当したジャジーなスローバラード。発売時から贅沢なカップリングであったことは既に明白で、ただならぬ気配が漂うシングルだったのだ。
ようやくアレンジャーへの注目度が高まった昨今、再評価の声が著しい大村雅朗は、松田聖子へ楽曲を提供した強力な作家陣の中でも、聖子本人との距離感が最も近かった人物であろう。惜しくも1997年に46歳の若さで亡くなった氏がもしも存命であったなら、松田聖子の音楽活動も今とは少し違う形で展開されていたに違いない。
セカンドシングル「青い珊瑚礁」で既にアレンジを担当し、さらに「チェリー・ブラッサム」「夏の扉」「白いパラソル」などを手がけて、周囲からも絶大な信頼を得ていた。ほとんどの曲のアレンジを手がけた1982年11月発表のアルバム『Candy』では「真冬の恋人たち」を作曲。その上での「SWEET MEMORIES」は決定打となった。
注目を集めたCMソング起用、両A面でジャケット刷新しチャート再浮上
そのままでは “B面の名曲” に留まったであろう作品は、サントリーCANビールのCMソングに起用されたことで俄然注目を浴びることになる。カールおじさんで知られるアニメーター、ひこねのりおのデザインによる愛らしいペンギンが歌うアニメーションのCMに曲が絶妙にマッチした。
「泣かせる味じゃん」という、所ジョージのナレーションも味わい深く、たちまち人気を博す。当初は歌手のクレジットがなかったことも話題を呼ぶ材料になったというのが定説だが、初めて聴いてすぐに判った視聴者は多かったはず。そのことが一般に認知されるとレコード売り上げにも再び火が付き、10月になってから両A面扱いとなる新デザインのジャケットに差し替えられて、チャートを再浮上したのだった。
結果、昭和に出された松田聖子のシングルではナンバー1のセールスを記録し、その後、1996年の「あなたに逢いたくて~Missing You~」が上回るも、今でも歴代2位のシングルである。人気を得たペンギンのキャラクター(後に “パピプペンギンズ” と命名された)は様々なキャラクターグッズの販売が展開され、1985年には映画化されて、『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』のタイトルで公開された。その際の主題歌となった「ボーイの季節」のアレンジも大村が手がけている。
2010年秋にはサントリーの缶コーヒー「BOSS」のCMでペンギンのキャラクターが復活。松田聖子も今度は実際に出演して、かつてのファンを喜ばせてくれた。
2020年にはリアレンジ&リレコーディングバージョンも登場
こうして「SWEET MEMORIES」は、1992年にニューレコーディング、翌1993年には英語ヴァージョンも出され、コンサートでも欠かせないナンバーとなってゆく。
2020年には、アルバム『SEIKO MATSUDA 2020』にリアレンジ&リレコーディングバージョン「SWEET MEMORIES ~甘い記憶~」が収録された。アレンジは野崎洋一。オリジナルでは英語詞だった2番の冒頭部が日本語詞になっているのは、2017年に松本隆による全編日本語の歌詞がオリジナル盤マスターテープのケースから偶然見つかったことによる。大村雅朗の伝記本出版に際しての発見であり、それもまた亡き大村の導きであったのかもしれない。
松田聖子本人の希望により実現したセルフカヴァーのミュージックビデオは、サントリーCANビールのCMをオマージュした内容になっていた。泣かせる味だった。
なお、1983年のオリジナル版で、印象深い間奏のサックスを奏でているのは、TOKYO FMの名物番組だった『サタデー・ウェイティング・バー AVANTI』でバーテンダー役を演じていたジェイク・H・コンセプションである。同番組がサントリーの一社提供だったことにも不思議な縁が感じられてならない。
2021.02.06