10月24日

薬師丸ひろ子と池田エライザ、生と死が交差する「Woman “Wの悲劇” より」

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photo:NIPPON COLUMBIA   

映画 Wの悲劇 の主題歌、薬師丸ひろ子「Woman “Wの悲劇より”」


別々に存在していた、求めるものと求めるものがひとつになる瞬間を目にしたとき、世界は最も美しく見える。まるで世界は自分のために存在するのではないかとさえ、人は思うことがある。

「あの歌」が池田エライザとひとつになる。この美しさ、まるで世界は僕のために存在するかのような気がする。

『Woman “Wの悲劇より”』は1984年12月15日に公開された映画『Wの悲劇』の主題歌だ。中学生の僕は、主演の薬師丸ひろ子がその2ヶ月前にリリースした主題歌に惹かれて劇場に足を運んだ。

映画は、夏樹静子の原作小説を入れ子構造にした、澤井信一郎監督の最高傑作といえるものだったが、舞台女優がスキャンダルを機に成り上がるという、一種世俗的なストーリーに対して主題歌は、ある意味映画とまったく関係ない、どこか神がかった、はるかな高みにあるような曲だとその時から思っていた。

冥界から降ってくるような硬質で透明な声


『Woman “Wの悲劇より”』

作詞、松本隆。作曲は呉田軽穂こと、言わずと知れた松任谷由実である。ハリウッド女優、グレタ・ガルボにあやかったこの名前でユーミンは松本隆と組み、『赤いスイートピー』や『瞳はダイアモンド』という松田聖子の代表曲を生み出していた。

そのコンビが、薬師丸ひろ子にどんな世界を託したのか。

2018年のFM番組で松任谷は、この曲について山口一郎に語った。

「人に書いた中でも神曲だと思ってる。すごい曲なんだよ。私が言うのも何なんだけど。もう、冥界から聞こえてくるかのような…… 彼女の声と相まって」

そうなのだ。中学生の僕でも感じた。薬師丸の硬質で透明な声は、「冥界」から降ってくるような気がした。

松本隆の詞は一見すると、恋愛の終わり、別れゆく二人の情景と女の独白のようだが、読みようによっては濃密な死の気配が漂ってくる。

 もう行かないで そばにいて

 横たわった髪に胸に
 降り積もるわ星の破片

 もう一瞬で燃え尽きて
 あとは灰になってもいい

… ただごとではない。死の様相に満ちている。これは別れなどではなく、男女のみちゆき、心中の情景ではないのか。

松本隆の歌詞世界に込められた「生と死」


前回『大滝詠一「君は天然色」もう一度、その先へ。モノクロームの21世紀に色をつけてくれ』で僕が採り上げた『君は天然色』にも、妹と死別した松本自身の実経験が色濃く反映されていたように、松本隆は「生と死」をその歌詞世界に込めることがある作家だと思う。

『君は天然色』と同じく大瀧詠一と組んで松田聖子に提供した『風立ちぬ』でも、松本は堀辰雄の小説『風立ちぬ』を下敷きにして、よく読めば恋人との死別と捉えることもできる詞を書いた。堀辰雄はその小説で、死にゆく者の目からは、世界がもっとも美しく見える瞬間があることを描き、それは松本隆の創作世界と通じる。

2020年の雑誌『週刊文春WOMAN』の中で松本隆自身が語っている。

「ペ・ヨンジュンの、『愛の群像』。ラストシーンがものすごくよかった。まるで僕が書いた『Woman “Wの悲劇より”』なんだ、薬師丸ひろ子の。あの歌の世界をそのまま映像化してくれた感じがして。韓ドラによくある、ガンか白血病になる話なんだけど、その死に方が美しいんだ」

それは、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の悲劇的結末に感じる美しさにも共通する。

生への希求、死への誘惑が交差する一瞬


 ああ時の河を渡る船に
 オールはない 流されてく

「櫓櫂なし」という言葉がある。どうにもしようがない、頼みとするものがないさまだ。

『新古今和歌集』には、曽禰好忠の

 由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え
 ゆくへも知らぬ 恋の道かな

という歌がある。オールもなく水面に漂う舟のイメージは、すべての人間が持つ、生きることへのこころもとなさ、寄る辺なさであり、それをさらに松本は「時の河」として、夜の情景の中で何度も登場する「星」というキーワードによって「銀河」すら感じさせるところにスケールの大きさがある。

河の流れに命を失う、そのエロスとタナトスの一瞬の美しさは、やはりシェイクスピアの『ハムレット』に伝説だけ出てくる「オフィーリア」、そしてそれを描いたジョン・エヴァレット・ミレーの絵画を思い出させる。オフィーリアの死は、河合祥一郎の訳による『ハムレット』 第4幕7場ではこう語られる。
花輪もろとも、まっさかさまに、涙の川に落ちました。裾が大きく広がって、人魚のように、しばらく体を浮かせて──
そのあいだ、あの子は古い小唄を口ずさみ、自分の不幸が分からぬ様子──
まるで水の中で暮らす妖精のように。でもそれも長くは続かず、裾が水を吸って重くなり、哀れ、あの子を美しい歌から、泥まみれの死の底へ引きずり下ろしたのです。

夏目漱石はミレーの絵について「水に浮かんだ儘、或は水に沈んだ儘、或は沈んだり浮かんだりした儘、只其儘の姿で苦なしに流れる有様は美的に相違ない」と言及した。

生への希求と死への誘惑が交差する一瞬こそ、人間が感じる最大の美でもあるかも知れず、ここに人間が芸術へ向かう原初の欲望がある。

YOASOBI「夜に駆ける」との相似性


だからだろうか、『Woman “Wの悲劇より”』は、短調か長調かわかりにくいキーで作曲されており、その音自体が生と死の端境にあるように響く。

 ああ時の河を渡る船に
 オールはない 流されてく

さらにこのサビに付した呉田軽穂のスコア。詳しくはこのリマインダーのカタリベであるスージー鈴木氏『見事なまでの浮遊感、1979年+80年代の9th(ナインス)名曲ベスト3』に譲るが、複雑な転調をした上に、「一音分浮いている」ナインス(9th)を使い、まさに薬師丸の声が冥界から響くように設計されている。

そのことは、僕の耳にまだ新しい、ある曲との相似形を思い起こさせた。YOASOBIの『夜に駆ける』である。

 明けない夜に落ちてゆく前に

 君は優しく終わりへと誘う

星野舞夜の小説『タナトスの誘惑』にインスパイアされて作られたこの楽曲は、主人公が現実なのか、幻想なのか、女の姿をしたタナトスによって死へとみちびかれるストーリーを提示していく。タナトスとはギリシャ神話の「死神」であり、フロイト心理学では「死への誘惑」を表す。

キーもE♭メジャーで、やはり短調か長調かわかりにくく、サビにも複雑な転調が施されており、生への希求・エロスと死への誘惑・タナトスの交差を感じさせる点でも、『Woman “Wの悲劇より”』と『夜に駆ける』は重なる。

エロスとタナトスが同時に存在する瞬間、それは別々に存在していた、求めるものと求めるものがひとつになる瞬間である。表現者にとってそれは世界が最も美しく見える光景なのではないか。まるで世界は自分のために存在するのではないかとさえ思うように。

どちらの曲も

 せめて朝の陽が射すまで ここにいて
 眠り顔を 見ていたいの
 (※Woman “Wの悲劇より”)

 繋いだ手を離さないでよ
 二人今、夜に駆け出していく
 (※夜に駆ける)

と、明るい長調を感じさせて終わる。これをタナトスの勝利、完全なる死の成就と捉えることもできるだろうが、僕はどちらも、ひとつの歌の中で最後には生きることへの希望を示していると思いたい。

松本隆は2021年のラジオ番組でこう語る。

「不幸であることと馴れ合って、傷を舐め合うような詞は書かない。失恋して落ち込んでも、どうやってそこから立ち上がれるかという希望を探すのが基本的なテーマ。不幸なまま終わる詞はない」

トリビュートアルバム「風街に連れてって!」でカヴァーした池田エライザ


松本隆トリビュートアルバム『風街に連れてって!』で『Woman “Wの悲劇” より』を歌うのは、池田エライザである。

驚いた。別々に存在していた、求めるものと求めるものがひとつになっている。まるで世界は自分のために存在するのではないかという気さえする。

類稀なる美しさを持つ女優であり、写真家でもあり、そしてボーカリスト。二物どころではないギフテッドである池田エライザのカヴァーは、この楽曲が内包するエロスとタナトスを、他の誰よりも世界で一番感じ取ろうとしているような、トリビュートという言葉の意味を体現するような、そんな歌唱だと思う。それはもはや「幽玄」といえる域に達している、と僕は思う。


最後に、僕が薬師丸ひろ子と、生涯ただ一度接近遭遇した時の、どうでもいい思い出を書いて筆を擱こう。ひと昔以上前のことだ。

ある時、僕は広告の仕事をお願いしていた縁でV6のコンサートに招待された。「関係者席」に座ると、右隣の座席がなんと嵐の大野くんと相葉くんだった。そして左隣が、驚くべきことに薬師丸ひろ子サン… その人だったのである。いちおう関係者席ということで緊張しながら挨拶し、無理矢理名刺を渡したような気がする。

コンサートの終盤、V6がステージから「今日は嵐のメンバーも来てくれてます!」と指差すとスポットライトが当たって大野くんと相葉くんが立ちあがった。なぜ僕もウケ狙いで一緒に立たなかったのか。嵐のメンバーになるチャンスだった。「一緒に立てばよかったですね」と薬師丸サンに言うと、彼女は少し笑って「そうですね」と言った。その声は “あの声” だった。たぶん覚えているのは僕だけの思い出である。


2021.07.14
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カタリベ
1969年生まれ
田中泰延
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