2022年 10月18日

スリラー40周年!マイケル・ジャクソンは BTS につながる “観る音楽” のパイオニア

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リ・リ・リリッスン・エイティーズ〜80年代を聴き返す〜 Vol.34
Michael Jackson / Thriller


80年代にリリースされたポップミュージックのアルバムを聴き返し、40年経った今の感覚で感じ、考えたことを書き連ねてみようというこのシリーズですが、34回目となった前回も、まだ最初の年1980年に留まっております。なおいくつか、触れておきたい作品もあり、実に“豊作”な年だったなと改めて驚いておりますが、今回は編集部から、40周年なので書きませんかとお誘いいただいたので、ちょいと82年に飛んで、マイケル・ジャクソンの『Thriller』について書きます。

マイケル・ジャクソンからBTSへ。「観る音楽」の系譜


“BTS”は米国シングルチャートのトップを制した初めての韓国人グループですが、大きな要因となったのは、言うまでもなくそのキレッキレのダンスでしょう。彼らの音楽にはあまり魅力を感じない私でも、彼らのダンスには見入ってしまいます。そして、BTSに限らずK-POPアーティストは、男性も女性もみんなダンスが上手い。“東方神起” あたりから、日本で爆発的かつ長期的なK-POPブームが起きたのも、日本のアイドルグループなんかより格段にレベルが高い彼らのダンスワークに依るところが大きいと思います。

その影響を受けて、日本でもダンスパフォーマンスを重視するグループがずいぶん増えましたが、長らく日本アイドルのダンスは、歌に合わせて身体を動かす「フリツケ」の延長線上に留まっていました。つまりあくまでも音楽が主でダンスは従です。しかし、それ自体がエンタテインメントになりうるようなダンスとなると、音楽ビジネスの次元が変わるように思います。そのダンスを観るためにコンサートに足を運び、映像商品を買う(ま、実際は、その “姿” を観たいがためのファンの行動と区別はつきにくいのですが…)。アーティストによってはダンスのほうが、音楽そのものよりも価値が高かったりしますが、あくまでも音楽の文脈上のコンテンツには違いありません。「観る音楽」とでも言えばいいかも。K-POPは「観る音楽」を充実させることによって海外進出を果たし、その頂点に立ったのがBTSでした。

そして、彼らに絶対的な影響を与えたのは、やはりマイケル・ジャクソンでしょう。特にアルバム『Thriller』の「Billie Jean」から派生した「ムーンウォーク」やタイトル曲「Thriller」における集団ダンスパフォーマンス。それらが、音楽とダンスの関係性を変え、ダンスを「フリツケ」から「観る音楽」に変換したキーチェンジャーじゃないでしょうか。もちろん、マイケルが登場するずっと以前から、ポップミュージックは常にダンスと切っても切り離せない関係にあり、リズミックな曲では誰もが踊りながら歌っていたし、モータウンがコリオグラフィー(振り付け)に力を入れ、それが成功したことで、印象的なダンスステップで音楽パフォーマンスに彩りを与えることは、当然の戦術となっていました。ただ、それもやはり、あくまでフリツケの範疇だったのです。

マイケルほどダンスで魅せた人はいない


マイケルのダンスは最初から、ちょっと一味違っていたように思います。“ジャクソン5” が1968年にモータウンのオーディションを受けたときの記録映像が、YouTubeなどにアップされています。かなり劣化した映像ですが、ジェイムズ・ブラウンの「I Got the Feelin’」(1968)をやっていて、10歳のマイケルが歌って踊っています。そのダンスが、もちろんJBのコピーなのですが、既にめちゃくちゃうまい。JBのダンスは独特で、特に足さばきの見事さは、もう「観る音楽」の領域に達していたとも言えますが、マイケルはそれをしっかり自分のものにしていて、ここから例の「ムーンウォーク」には、さほど遠い道のりではないのでは? と思うくらいです。



1973年11月、ジャクソン5は人気テレビ番組『Soul Train』に出演し、新曲「Dancing Machine」を演奏しましたが、その中でマイケルは「ロボットダンス」を披露しました。70年代以降、ストリートダンサーから生まれてきたスタイルですが、「Soul Train」でマイケルが披露したことで、全米に広まっていきました。残っている映像では、同時期に出演した「The Carol Burnett Show」という番組でのダンスのほうがさらにカッコいいけどね…。

その時点では「Dancing Machine」が収録されたアルバム『Get It Together』(1973)は売上が今いち伸び悩んでいたのですが、マイケルのロボットダンスの反響に乗じて、74年2月にカットされたこの曲のシングルは、たちまち全米2位、R&B部門1位の大ヒットとなりました。メロディは特に印象が残らない、ノリだけの曲なんで、明らかにダンスのおかげで売れたと思います。

そして、全米いや全世界をアッと驚かせた「ムーンウォーク」。1983年5月16日に全米でテレビ放送されたモータウンの25周年記念イベント「Motown 25: Yesterday, Today, Forever」において、マイケルが「Billie Jean」の間奏で初めて披露しました。その日、その放送を、まったく偶然に、私がニューヨークで視たという話は、以前『5月16日はムーンウォーク誕生の日、発明したのはマイケル・ジャクソンじゃないの?』で書いた通りです。

で、その時私は「ムーンウォークを発明したのはマイケルではない」と書きました。たしかに、“Shalamar”のジェフリー・ダニエル(Jeffrey Daniel)が、82年に英国BBCの音楽番組「Top of the Pops」の中で見せているのですが、その後、ダンスに詳しい人が書いたものを読むと、ジェフリーがやったのは「バックスライド」で、その技は既にその頃ストリートダンサーの間で流行りつつあったが、マイケルはそれを取り入れつつ、「月の上を歩いているかのように、前に進んでいるようで後ろに進む」ステップに進化させたとのことです。それを知ってから、マイケルとジェフリーの動きを比べて見ると、たしかに違う。ジェフリーは後ろにスーッと動いているだけだけど、マイケルには「前に歩いている感」がちゃんとありますね。「Moon Walk」というネーミングにも、ちゃんとマイケルの意図と自負が込められていたんですね。いやー、深い。

ともかく、ムーンウォークは一世を風靡しました。あの頃はフローリングの床なんかがあると、誰もがマネをしてみたものです。ちゃんとデキる人なんていなかったけどね。さらに、その興奮がまだ冷めないうちに発表されたのが「Thriller」のミュージックビデオ。巨匠ジョン・ランディスが監督した、13分42秒にも及ぶ “短編映画” のようなMVは、83年12月にオンエアが始まると、まさに話題沸騰、もはや音楽の枠を超えた社会現象となりました。もちろんここでも、ゾンビの集団を引き連れて踊るマイケルのダンスが最大の見せ場であったことは言うまでもありません。



マイケルは「観る音楽」の開発者かつ最大の成功者


アルバム『Thriller』は1982年12月にリリースされ、翌年1月に「Billie Jean」、2月に「Beat It」をシングルカットして、MTVでの大量オンエアもあり、2月26日には全米アルバムチャートで1位に到達していましたが、「Motown 25」放映でさらに売上を伸ばします。6月末から2週『Flashdance』のサントラに、7月末から11月にかけては “The Police” の『Synchronicity』にトップを明け渡し、11月からはさすがに息切れしてきますが(でも最低4位)、「Thriller」のMV投入後、12月24日からは再び首位に返り咲いて、その後なんと翌年4月14日までその座をキープ、結局1年以上に渡り、合計37週トップに居たという、驚異的な売れ方でした。総売上枚数はギネス記録に7000万枚と認定されるという、史上断トツのマンモスヒットとなったわけですが、見てきたように、その大きな部分がダンスパフォーマンスによってもたらされたと、私は考えます。

マイケル・ジャクソンは、ダンスを音楽と同等のクリエイティヴなアートかつエンタテインメントのレベルにまで磨き上げ、アルバム『Thriller』の売上を、ダンスパフォーマンスによって、極限まで高めることができました。これをもって「観る音楽」の確立と考えていいと思うのですが、ただやはりそれは、アーティストの力だけでできたわけではありません。

それを可能にする環境、つまり、「観る音楽」を広く人々に届けるためのメディアが必要でした。足を運ばないと観られないコンサートはメディアとしては不十分です。通常のテレビでもまだ弱かった。音楽専門チャンネル(MTV)+ミュージックビデオが揃って、やっと「観る音楽」を伝えるメディアができました。ジェイムズ・ブラウンは「観る音楽」になり得るパフォーマンスを持っていましたが、メディアがまだ熟していませんでした。マイケルのタイミングはドンピシャで、『Thriller』および各シングルの発売は、MTVが伸び盛る時期と重なり、しかも「観る音楽」のパフォーマンスは完璧でした。



実は「Thriller」のMVの制作費は、かなりの部分をMTVが独占放送権を買うという形で負担したそうです。MTVがそうしなければあれだけのものはつくれなかったということですが、それを観たいがために契約数は増え、メディアとしての力がさらに強大化していったので、まさに両者はWin-Winの関係でした。こういうときに世の中は動くのですね。

で、それから早くも40年が経ちました。「観る音楽」はマイケルの天才によって、いきなりピークを迎えたのですが、その後は当たり前のことになって、だけど、「ムーンウォーク」や「ゾンビダンス」のような老若男女の話題になるほどのものはトンと現れず、結局、マイケルのダンスに対するスピリットをしっかり受け継いだのは、BTSなどK-POPグループたちでした。マイケルは彼らの活躍を知らずに亡くなってしまったけどね。

BTSが、文化的にはかなり排他的な米国でも受け入れられているのは、英語でちゃんと歌えているということより、マイケルが確立した「観る音楽」の魅力を、彼らが充分に体現できているからだと、私は思っています。



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2022.11.22
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カタリベ
1954年生まれ
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