リ・リ・リリッスン・エイティーズ ~ 80年代を聴き返す ~ Vol.20
Queen / The Game医療に貢献するクイーンの曲
2021年7月13日のニュースによると、新型コロナの新規感染者が過去最多を更新した韓国では、スポーツジムでのエアロビクスなどで、120BPM以上の曲をBGMに使用することが禁止されたそうですね。なので、BTSの「Dynamite」(114BPM)や「Butter」(110BPM)はOKだけど、PSY(サイ)の「江南スタイル」(132BPM)はNGだとのこと。ちょっと笑えますね。関係者や利用者からは非難轟々だそうですが。
エアロビクスにはグルーヴィなダンス音楽がつきもの、とこれはやったことがない人でも知っているでしょうが、健康とポップミュージックには、あまり知られていない意外なマッチングもあるようです。
たとえば「CPR」。「Cardiopulmonary Resuscitation」とえらく難しい用語ですが、「心肺蘇生法」のことです。昨今は「AED(Automated External Defibrillator)」が普及していますが、そういう器具を使わずに身一つで行う方法がこれ。で、医療従事者を目指す人たちへの「CPR」の授業で、心臓マッサージ(胸骨圧迫)のスピード(リズム)を身につけるために、音楽が使われているそうです。リズム重視ならばダンス音楽ということで、中でも「アメリカ心臓協会」では“Bee Gees”の「Stayin’ Alive」を推奨しているそうです。心臓マッサージにおける胸骨圧迫の回数は1分間に100~120回とされていて、「Stayin’ Alive」は103BPMなんですね。
そして、英国では「英国心臓財団(British Heart Foundation)」が、なんと “Queen” の「地獄へ道づれ(Another One Bites the Dust)」を推奨曲としています。こちらは110BPM。ビートはバッチリなんでしょうが、歌詞的にはどうなんでしょうかね。学生たちがダミーの胸部に手を立てて、この曲を鳴らしながら、胸骨圧迫を繰り返している図を想像するとちょっと怖いです。
クイーンにしては駄作?「ザ・ゲーム」
思い切り余談から入ってしまいましたが、今回はこの「地獄へ道づれ」が収録されたQueenのアルバム『The Game』について書きます。1980年6月30日、日本では7月21日に発売されました。
で、いきなり、ざっくり言ってしまいますが、このアルバムに対する私の評価、かなり低いです。Queenの中では、ということですが。
Queenのどこが好きかというと、まずはフレディ・マーキュリーの類稀なる声と歌唱。そして、マーキュリーがつくる、ロック、ジャズ、クラシックなどの垣根を超える自由な発想と、あくまでポップであることを兼ね備えたメロディ。さらに、極上のコーラスワークに、ブライアン・メイのひとりギターアンサンブル…… まあ、おそらく多数の方が賛同してくれますよね?
それに照らすとこの『The Game』は、フレディの曲が3曲だけ、それも、「愛という名の欲望(Crazy Little Thing Called Love)」は、全米1位の大ヒットとはなりましたが、プレスリーっぽければ1位なの?… と驚いてしまうくらい、特に取り柄がない曲ですし、他の2曲はフレディとも思えない凡作。他の人たちは元々まあまあだけど、本作も変わらず。つまり全体的に曲がつまらないんだな。トラックそれぞれにサウンド面でいろいろ工夫はあるけれど、コーラスワークもやや地味目だし、メイのギターアンサンブルは「Sail Away Sweet Sister」「Save Me」で束の間登場するだけ。ともかく、(それまでのQueenアルバムにはあった)聴く者を圧倒するような輝きが見当たりません。特記事項としては、このアルバムで初めてシンセサイザーを導入したことですが、それすなわち、“ふつう” になったってこと。むしろ使わずに突っ張ってほしかった。
アメリカで大成功したシングルとアルバム
ところがこのアルバムが売れたんですねぇ。Queenのアルバムで唯一の全米1位獲得。それを導いたのは全米1位シングルとなった2曲。これもQueenでは“唯二”なんですが、ひとつは先ほどの「愛という名の欲望」、そしてもう一曲が冒頭の「地獄へ道づれ」です。ともかくアメリカで売れまくりました。改めて、アメリカ人とは(総体としてね、あくまで…)好みが合わんなぁと思わせてくれる現象ですが、それは置いといて、アメリカ人が何を好むかを熟知していたであろうマイケル・ジャクソンが、ロサンゼルスでのQueenのライブでこの曲を聴いて、楽屋でフレディに「これは絶対売れるからシングルにしたほうがいいよ」と太鼓判を押したんですから、間違いないですよね。特に、それまでQueenにまるで反応がなかった黒人市場で大受けしたことが、大ヒットにつながりました。
「地獄へ道づれ」は、Queenでいちばん地味なメンバー&ベーシスト、ジョン・ディーコンの曲ですが、そのベースラインは “Chic” の「Good Times」(1979)とそっくりです。しかも、彼は、Chicがその曲を制作していたレコーディングスタジオに遊びに行ってたと言いますから、堂々たる「パ*リ」です。ちなみにChicのベース、バーナード・エドワーズ(Bernard Edwards)は「Queenのベーシストが俺たちのスタジオに来て、…」と語ってるんですが、名前を覚えられてないんですかね? うう、なんて地味なヤツ、ジョン・ディーコン…。
ディーコンの要望で、ドラムは「tape loop」に。実際ドラムセットで叩いて録音した演奏を、1小節とかだけテープを切り出して、その頭とおしりをつないでループにする。それを再生すれば、その1小節が延々繰り返されます。要は今で言うサンプリングとシーケンスを、アナログチックに実現したんですね。音も極力デッドにして、ファンクサウンドを目指したわけですが、生叩きロック派のロジャー・テイラーとしては、そのやり方に不満たらたらでしたし、メイは何を思ったのか、ギターは弾かず、「ハーモナイザー」というエフェクターで時々登場するズーンって感じのSEをつくったとか。あとの楽器は全部ディーコンがやったそうです。
でもフレディはというと、できあがったリズムトラックを聴き終わったあと、突然スイッチが入って、「この曲はすごい! これは重要だ! がんばって歌うぞー」と叫ぶなり、喉から血が出るまで歌いまくったらしいです。マイケルが「売れる!」って言ったからやる気が出たんですかね。マイケルが観たコンサートでは、サビはテイラーが歌っていたという話なんですが…。
影のプロデューサーはマイケル・ジャクソン?
こういうメイキングストーリーを知る前は、Queenらしくなく、単純でつまらない曲と決めつけ、これがよく3週間も全米1位になったな、と不思議に思っていたのですが、改めてじっくり聴いてみると、やはりフレディのボーカルはすごいですね。
フレディは、「いろんな面でこの曲にはマイケル・ジャクソンの名をクレジットしなければならない」と語っていますが、たしかに、地味で控え目なディーコンがつくった、Chicのパ*リの平凡なディスコソング、もしマイケルのプッシュがなければ、フレディも燃えなかっただろうし、シングルリリースをすることもなかったでしょう。この曲の全米1位も、アルバム『The Game』の全米1位も、マイケルがもたらした! と言ってもいいかもしれませんね。
2021.08.09