2022年 10月18日

規格外!マイケル・ジャクソン「スリラー」はプリンス、マドンナの比ではない!

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マイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー 40周年記念エクスパンデッド・エディション」がリリースされた日
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人類が聴くべき稀代の “モンスター” アルバム「スリラー」


1982年12月1日、筆者は20歳になったばかりの大学1年生だった。バイト代を握りしめて向かった先は大学生協。もちろんその目的は発売されたばかりのマイケル・ジャクソン新譜アルバム『スリラー』を購入すること。

世界の大衆音楽シーンが劇的変化を強いられた1980年代の幕開けからおよそ2年、音楽の受け手側だった我々は無意識に革新的サウンドを伴った多くのヒットソングを享受していく中で、これこそ今後の潮流を決定する作品なのだ、と提示されたのが『スリラー』だったのかもしれない。

次世代スーパースター、マイケル・ジャクソンの新アルバムだったと同時に、すべての大衆音楽の道筋を示すようないわば “教本的” 立ち位置に最初からあったといえる作品だったのだ。送り手側の意図が反映されたマストバイな雰囲気が世界中に充満していたことは確かだが、それ以上にこれほどスーパースターを約束されたアーティストのオーラが封じ込められたアルバムがあっただろうか。

『スリラー』購入時の気持ちは、明らかにこれまでの新譜購入時とは違ったものだった。それはある種の義務感を伴っていた―― とでも表現するべきか。『スリラー』は発売当初から、人類が聴くべき稀代の “モンスター” アルバムになることが約束づけられていたのだ。



アルバムチャート通算37週トップ! グラミー賞最多8部門を受賞


アルバム『スリラー』は、大衆音楽の1980年代最大の潮流となった打ち込み(テイスト)の普遍化、そしていわゆるブラックコンテンポラリーやブギーファンクの波といった革新を、ことごとく高次元で提示した恐るべき芸術品である。1曲毎の楽曲クオリティどころか、一音ごとに計算し尽くされた魂の昇華みたいなものを感じさせるが、アルバム全体の感触は(難しいことを抜きにした)絶妙なバランス感覚を備えたエンタテイメント作品集となっているのは、さすがのクインシー・ジョーンズの手腕。

歌唱法を極めてコンテンポラリーな方向に寄せていったマイケル本人はもとより、プロデューサー(クインシー・ジョーンズ)、ソングライター(ロッド・テンパートン等)、レーベルサイド(エピック)、果てはマネジメント等アルバムに関わった人々すべての、このアルバムを特別なものにしようという意気込み・気概みたいなものは随所からビシビシと伝わってきた。

極東に住む一介の20歳の若者が、発売日に、中古でなく新品で、輸入盤でなく国内盤をなぜか襟を正しながら購入。『スリラー』はそのように買わなければいけない “特別な何か” を備えていたアルバムだったのは、そう、紛れもない事実だった。

『スリラー』が超名盤の立ち位置を獲得したひとつの要素として、発売からおよそ1年半の間に打ち立てられた数々の規格外な記録が挙げられる。

1年以上の長きにわたりアルバムチャートのトップ10にエントリーし続けた、アルバムチャートにおいて通算37週トップの座にいて、グラミー賞最多の8部門を受賞、シングルチャート「HOT100」にてマイケル・ジャクソンの名が消えなかった。「セイ、セイ、セイ」、ロックウェル作品、果てはモータウンからの旧作といった『スリラー』とは無関係な楽曲も…。

中でもアルバムから7枚のシングルをカット(その枚数だけでもかなり異例)、そのすべてが「HOT100」でトップ10入り(!)は、世界の度肝を抜いた大記録だった。

7枚のシングルをカット、そのすべてがトップ10入り


1980年代までは、ヒットアルバムからはおおかた3枚のシングルがカットされるというのがせいぜい(例えば名盤『ホテル・カリフォルニア』も3枚)。4枚のシングルカットがすべてトップ10に入ったフリートウッド・マック『噂』やマイケル・ジャクソン『オフ・ザ・ウォール』なんぞはそれだけでニュースになったほど。

そんな時代に7枚のシングルをカット、しかもそのすべてがトップ10に入った『スリラー』は、かなりの規格外だったのだ。

1. ザ・ガール・イズ・マイン(1982年リリース / 1983年最高位2位)
2. ビリー・ジーン(1983年リリース / 1983年最高位1位)
3. 今夜はビートイット(1983年リリース / 1983年最高位1位)
4. ワナ・ビー・スターティン・サムシング(1983年リリース / 1983年最高位5位)
5. ヒューマン・ネイチャー(1983年リリース / 1983年最高位7位)
6. P.Y.T.(1983年リリース / 1983年最高位10位)
7. スリラー(1983年リリース / 1984年最高位4位)

「P.Y.T.」がトップ10ヒットとなり、「さすがにここで打ち止めか…」と思われたのもつかの間、7枚目のシングル「スリラー」のインフォメーションが世界を駆け巡った。7枚目のシングルカットだけでも大事件だったのだが、PVがショートムービー仕立てになり、かつ12月某日世界同時にテレビ解禁されるという異例の事態に。

日本では『ベストヒットUSA』で解禁され、筆者を含む若者たちがテレビの前で正座して観たのは言うまでもない。アルバムのリリースからおよそ1年が経過してこれだけ大きなニュースを振りまいた『スリラー』に、その時あらためて感嘆の念というよりは “畏怖の念” を抱いたような気がした。もはや別次元の、別世界のアルバムとさえ思ったものだ。

1980年代、スターが新アルバムをリリースする際に、ネクストレベルたるスーパースターという高みにのぼるのに必至という空気感が充満することがあった。プリンス『パープル・レイン』(1984年)しかり、マドンナ『ライク・ア・ヴァージン』(1984年)しかり……





『スリラー』はプリンス、マドンナの比ではない、1980年代 “最大例” といっていいだろう。大げさでもなんでもなく、やはり『スリラー』は発売当初から文字通り、超 “モンスター” アルバムになる雰囲気が大いに漂っていた作品だったのだ。

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2022.11.30
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カタリベ
1962年生まれ
KARL南澤
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