9月28日

本田美奈子とゲイリー・ムーア!2人の本気がぶつかる “まさかの” コラボレーション

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本田美奈子とゲイリー・ムーアによる、まさかのコラボレーション


ライヴや音源における有名アーティスト同士のコラボレーションは、いつの時代も音楽ファンをワクワクさせてくれる。それが例え予定調和の組み合わせであっても、それなりに楽しめるけど、意外性が高ければ高いほどその価値は増していく。

そうした観点でいえば、僕が最も驚かされた想定外の共演のひとつが、80年代半ばに実現した本田美奈子とゲイリー・ムーアによる “まさかの" コラボレーションだ。

その頃の本田美奈子といえば、85年組のアイドルとしてデビュー後、キュートなルックスとスリムな肢体、確かな歌唱力で人気を集め、翌年「1986年のマリリン」が大ヒット。まさに一線級のアイドル歌手として精力的な芸能活動の真っ只中だった。

一方、80年代のゲイリーといえば、ソロギタリストとして本格的に活動する中で、日本のHM/HRファンに圧倒的な支持を集めて大ブレイク。マイケル・シェンカーと双璧をなすギターヒーローとして、不動の人気を確立していた。

かつてシン・リジィを突如脱退した頃は ”ギタークレイジー” と称され、どこかとっつきにくい職人気質のギタリストだったゲイリーが、将来、日本のアイドル歌手に楽曲を提供するなんて、誰が予言しても信じなかっただろう。

その逆も然りで、あどけない一介の歌謡アイドルとして芸能界の王道を歩む本田美奈子が、将来、海外の著名なロックアーティストが書き下ろした楽曲を堂々と歌う姿は、誰にも想像できなかったはずだ。

アイドルに留まらず本格派のシンガーとして幅を広げたい段階の本田美奈子


勿論、まさかのコラボが実現したのは、お互いに東芝EMI(当時)という共通のレコード会社を通じた、ビジネス上の繋がりがあったのは言うまでもない。また本田美奈子にとっては、アイドルに留まらず本格派のシンガーとして幅を広げたい段階であり、ゲイリーにしても、疎遠になっていたフィル・ライノットと雪解けを果たすなど、活動のスタンスを広げる機運が高まっていた頃で、お互いにとって絶好のタイミングだった点も大きかったはずだ。

いかなる理由があったにせよ、2人が歩んできたキャリアから予期せぬ出会いだったからこそ、40年近く経った今もなお、僕らの記憶に残るコラボレーションとなったに違いない。

本田美奈子とゲイリー・ムーア、奇跡のコラボの結晶!「The Cross(愛の十字架)」


そんな2つの異なる才能が合わさって生まれた音源が、1986年9月に発売された本田美奈子の8枚目のシングル「the Cross -愛の十字架-」だったのは、周知の通りだ。

このリリースのニュースを初めて知った時、僕のようなゲイリー・ムーアやHM/HRを愛するファンのサイドから見れば、当時は正直なところ「日本のアイドルとお仕事なんて、ゲイリーも随分と日和ったもんだ」などと、どちらかと言えばネガティヴなイメージを抱いたのも事実だ。

けれども、実際に楽曲を耳にした時、その考えが間違いであったことに気づく。ゲイリーが本田美奈子のために書き下ろした楽曲は、自身の名バラード「Empty Room」を彷彿とさせる、ゲイリーにしか成し得ない音世界が凝縮した、実に優れた楽曲だったからだ。

日本人の琴線に触れる、美しくも切ない哀愁を帯びたメロディのひとつ一つと、秋元康が手がけた日本語詩を、本田美奈子が渾身の情感をたっぷり込めて、丁寧かつ伸びやかに歌い上げていく。

目の前の空気を凛とさせるような彼女の歌声に、まるで呼応するように絡みつくゲイリーのリードギターは、楽曲の魅力を最大限に増幅させる泣きのメロディを奏で続ける。それは心の奥底の感情を指先で表現するかのようだ。

本田美奈子のこれまでのイメージを覆す大人びた珠玉の熱唱と、ゲイリー史上に残るほどの名演が、文字通り曲中で「クロス」していく。それは驚くほど自然で想定を超えたケミストリーを創りだした。

本田美奈子の果敢な試みは、オリコンチャートでも5位を獲得するなど、商業的な成功も収め、ゲイリーのファンからも一定の賞賛を持って受け入れられたと言えるだろう。



本田美奈子とゲイリー・ムーアの本気がぶつかり合う!もうひとつの名演「キャンセル」


ファンの間ではよく知られているが、実は「The Cross(愛の十字架)」以外にも、同タイミングでもう1曲の共演が実現していた。それが、同曲の発売日から25日後にリリースされた、本田美奈子の3枚目のアルバム『キャンセル』のオープニングに収められたタイトル曲「キャンセル」だ。

この曲も秋元康が作詞を担当しており、作曲はゲイリー・ムーアではなく筒美京平が手がけているのが興味深い。ゲイリーはギタリストとして参加している。この1曲に携わったまるで異種格闘技的な制作クレジットを見ていると、一体どんなサウンドが飛び出すのか想像がつかないほどだ。

実際に繰り広げられるのは、あくまでも歌謡曲テイストをベースにしたメロディとコード感が宿る、筒美京平らしさ全開の楽曲で、アップテンポのシャッフルビートに乗せたロック調にアレンジされているのが面白い。

制作陣は 「The Cross(愛の十字架)」 と同じく、ダイアー・ストレイツ等でキーボードを務めたガイ・フレッチャーがアレンジ等で関与し、バックミュージシャンも海外勢で固められている。洋楽と歌謡曲を折衷したユニークなニュアンスが生まれたのも当然だろう。余談だが、本作にはクイーンのジョン・ディーコンによる楽曲も収録されており、ファンキーなジョンのベースも聴けるので洋楽ファンにも美味しい1枚といえよう。

本田美奈子のロックミュージックに対しての優れた共鳴力と瞬発力


さて、この曲における本田美奈子だが、ジャケットのロックっぽい出で立ちを、そのまま歌で体現するかのように、いつも以上にキレのあるパワフルな歌唱が実にクールだ。ロックミュージックに対しての優れた共鳴力と瞬発力を感じずにはいられない。

一方のゲイリーは、水を得た魚のように凄まじい、ハードで熱量の高いギターを曲中の随所で弾きまくっている。素材が筒美京平であろうがお構いなし。手加減なしに大人げないマシンガンのごときピッキングと速弾きを繰り出す様は、まさにギタークレイジーそのものだ。

世界的なハードロックギタリストの意地を剝き出しにして、完全に本気モードで挑みかかったゲイリーと、それに一歩も引くことなく堂々とした迫力ある歌唱で応戦した本田美奈子。「The Cross(愛の十字架)」とは対極のコラボレーションとして、この曲もまた語られるべきだろう。



もしも2人が今も生きていたら…叶ったかもしれないアニバーサリーでの共演


2人のコラボレーションの後、本田美奈子はさらに洋楽志向を強め、翌年にクイーンのブライアン・メイによるプロデュースという形で、再び有名ギタリストとのコラボレーションを実現。歌手としての経験をさらに深化させた。それは本格的なロック路線を標榜したMinako with WILD CATSでの活動へと繋がる、大きな足がかりとなったのは間違いないだろう。

ゲイリー・ムーアは、自身の故郷であるアイルランドへの望郷を滲ませた名作『Wild Frontier』を87年にリリースし、日本のHM/HRファンからも引き続き大きな支持を得た。来日時には「夜のヒットスタジオ」に登場するなど、本田美奈子で認知度を広げた日本の音楽ファンにも積極的にアピールを図った。

『Wild Frontier』のCD盤には「The Cross(愛の十字架)」のセルフカバーである「Criing of Shadows」が収められた。これを聴くと、「The Cross(愛の十字架)」がいかにゲイリーらしさに満ちた楽曲であったのか、改めてわかるだろう。

こうして振り返ると、2人の共演をターニングポイントに、それぞれが新たな方向性へと歩み始めており、両者の活動に何らかの良い刺激を与えていたに違いない。



90年代に入り、本田美奈子はミュージカルの道へと足を踏み入れ、ゲイリーは、自身のルーツのブルース路線へと回帰していった。2人とも同時期に方向性を大きく変化させていったのも、偶然の一致とはいえ興味深いことだ。

7月31日は本田美奈子の誕生日で、もし彼女が生きていれば今年で56歳。ゲイリーが生きていれば71歳だった。お互いまだまだ現役アーティストとして活躍できる年齢であり、あの共演から35年、40年といった節目で、もしも再びコラボレーションが実現していたら、どんな音楽を奏でてくれたのだろうか。

そんな想像をしてみるのも2人を偲ぶ良いきっかけになるだろう。

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2023.07.31
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カタリベ
1968年生まれ
中塚一晶
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