4月1日

河合奈保子「涙のハリウッド」あえてキラキラポップスに挑んだ隠れた名曲

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河合奈保子のシングル「涙のハリウッド」がリリースされた日
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作詞:売野雅勇、作曲:林哲司、編曲:萩田光雄という強力布陣!


「涙のハリウッド」は、1986年4月1日に河合奈保子が発表した通算24作目のシングルです。本作は、胸高鳴るようなドラムの音で始まり、空を掛けるような軽快なストリングスの音色(編曲は萩田光雄が担当)、そしてサビでスコーンと抜けるようなメロディーは作曲家:林哲司のお家芸、トドメに河合奈保子の明るい歌声が響き渡るという、まさに春から夏にかけての季節にふさわしい1曲と言えるでしょう。

また、この頃の河合奈保子の楽曲を連続して担当してきた作詞家の売野雅勇も、得意とする挑発路線や耽美路線ではなく、「♪ ピンクのダイナマイト スパークさせて」「♪ 抱きしめて連れていって 口づけの魔法(マジック)で遠く」といったドリーミーな歌詞で、作品全体のアイドルポップス感を増幅させています。

1986年のアイドル事情、おニャン子クラブだけじゃない!


ここで、当時のアイドル事情を振り返ってみると、85年に誕生したおニャン子クラブが、おニャン子本体のみならず、メンバーのソロやユニットのデビューも盛んとなってきました。特に、86年1月1日発売の新田恵利「冬のオペラグラス」がオリコン4週連続1位となってからの1年間は、その大半がオリコン1位を獲得するほどの大ブームに。

加えて、85年末から86年3月頃までに、荻野目洋子、岡田有希子、中山美穂、本田美奈子、斉藤由貴、南野陽子といった84年~85年デビューの女性アイドルが次々と「初のTOP10入り」「初のTOP5入り」「初の1位獲得」というようにオリコンでも『ザ・ベストテン』でも大きく飛躍していきます。

これと時同じくして、10作以上オリコンTOP10入りを重ねてきた河合奈保子、柏原芳恵、堀ちえみ、石川秀美、早見優といった80年および82年デビュー組は、音楽的にはそれぞれに模索を続けながら、惜しくもセールスを落とし、中にはTOP10から脱落するアイドルも見られました。

アイドルファンに訴求した河合奈保子の先祖返り戦略


当時、前作「THROUGH THE WINDOW~月に降る雪」まで、シングル16作連続オリコンTOP10入り、『ザ・ベストテン』でも20作連続TOP10入りを継続してきた河合奈保子も、3作前の両A面シングル「デビュー ~Fly Me To Love~ / MANHATTAN JOKE」ではデビュー5周年の全国キャンペーンと「MANHATTAN JOKE」の劇場映画『ルパン三世 バビロンの黄金伝説』の主題歌タイアップ効果で初のオリコン1位、『ザ・ベストテン』でも4位と高ランクをマークするも、徐々に勢いを押されて、彼女のファンであった筆者も(何の力にもならないとは思いつつも)、一人で勝手に焦っていました。

しかし、この「涙のハリウッド」を発売前のラジオ番組で聴いて、「大人びた曲もいいけれど、あえてアイドルファンに訴求するという、先祖返り戦略があったか!!」と、膝を打つほど、この明るいポップスに感動したのです。

テレビのランキング番組では歌われなかった「涙のハリウッド」


結果から言うと、この「涙のハリウッド」は、オリコンでは初登場=最高位7位をマークするも、TBS系の『ザ・ベストテン』も、NTV系の『歌のトップテン』(※1)にも、10位内にランクインすることはありませんでした。当時は、歌い手本人も、音楽ファンの多くも、オリコンTOP10よりも、『ザ・ベストテン』や『トップテン』に入ってテレビで歌うことの方が、喜びが大きかったと思いますし、筆者自身も「涙のハリウッド」がオリコンTOP10入りしたのが嬉しかった半面、それらランキング番組で歌われなかったことが、とても残念に思っていました。名曲だと信じていただけに。

ただ、『ザ・ベストテン』では、レコード部門が発売1週目、ハガキリクエスト部門が発売3週目から5週目に10位内にランクインしており、特にハガキがいつものように2週目から強かったら、きっとベストテン入りしていたと思いますが、当の本人は、この時期にバリ島にハレー彗星を見に行っており、プロモーションが薄めになったでしょうし、またリクエストを頑張るファンも後手になったのでしょう。

記録より記憶で輝いた、珠玉のキラキラポップス


とにかく、人気の音楽番組でなかなか聴くことができなかった「涙のハリウッド」を初めて耳にしたのが、今から34年前の1986年4月23日、『夜のヒットスタジオ DELUXE』でした!

自身のバックバンド NATURAL & MILK の演奏で披露した彼女の歌声はやはり格別で、はにかむように歌うAメロ、少しすましたような顔で「♪ 奇蹟叶えて あなた」と歌うP-P-P-F系リズムが取れるBメロ、そして一気に高音が冴えわたるサビのメロディーは、実際歌ってみるとかなり高度なテクニックを要するのだなと、そのパフォーマンスを感心しながら観ていました。しかも、失恋ソングなのにジメジメと相手を恨む感じがしないのも、彼女のキャラクターと歌唱力の両輪があって初めて成せる業かもしれません。

ちなみに、当時はさほど目立たなかった「涙のハリウッド」ですが、2015年にベストアルバム『私が好きな河合奈保子』を発売するにあたって実施されたファン投票では、大ヒット曲の「エスカレーション」や「けんかをやめて」を上回るシングル部門第7位に!彼女の笑顔と歌唱がピタリとハマった「涙のハリウッド」は、間違いなく記録より記憶でキラキラと輝いて見える珠玉のポップスと言えるでしょう。


Song Data
■ 涙のハリウッド / 河合奈保子
■ 作詞:売野雅勇
■ 作曲:林哲司
■ 編曲:萩田光雄
■ リリース日:1986年4月1日
■ オリコン最高位:7位
■ 推定売上枚数:6.2万枚
■ 100位内登場週数:7週



※1:『歌のトップテン』の放送時間は、1986年3月までの『ザ・トップテン』と同枠だったので、本文中では初出以降、同シリーズとして『トップテン』と表記しています

2020.04.22
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1968年生まれ
臼井 孝
ちなみに、河合奈保子「涙のハリウッド」ですが、発売前にテレビでも歌っているのですが、
レコードが発売されてから常連だったザ・ベストテンにもトップテンにも出て歌えず、
本人もバリ島に行っていて日本におらず、とやきもきした想い出を文章にしています。
でも、今少なくないリスナーの心に残っていることが分かって嬉しいです!
2020/05/29 06:46
2
返信
Yukey
なるほど、納得します。
2020/04/22 20:16
9
返信
カタリベ
1968年生まれ
臼井孝
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