魂を揺さぶる天才シンガーソングライター、加藤登紀子
僕が加藤登紀子という天才シンガーソングライターを強く意識したのは、1983年11月12日に公開された、高倉健主演の映画『居酒屋兆治』を観た時だ。もちろん高倉健の演技は文句なしで素晴らしく映画も感動的であったけど、僕の心を強く揺さぶったのは高倉健がとつとつと歌い上げる主題歌「時代おくれの酒場」だった。
この曲の作詞・作曲がこの映画で高倉健の妻を演じている加藤登紀子だ。「時代おくれの酒場」は1977年10月21日のリリース。加藤登紀子が歌う「時代おくれの酒場」をどうしても聴きたくなった僕は貸レコード屋に走る。そしてレコードに針を落とした瞬間、加藤登紀子の実力に気付き、その凄さに愕然とした。これはブルースだ。以来、加藤登紀子は僕の中で大切な存在となる。
映画「紅の豚」のエンディングテーマ「時には昔の話を」
「時代おくれの酒場」と同じくらい、いやそれ以上に僕が魂を揺さぶられる加藤登紀子の名曲がある。それが今回のコラムで紹介したい「時には昔の話を」だ。1986年9月25日発売のアルバム「MY STORY / 時には昔の話を」にてリリースされた曲で、この曲とも僕は映画の中で出会うことになる。そう、スタジオジブリの長編アニメーション映画『紅の豚』だ。
『紅の豚』の公開は1992年7月18日。宮崎駿が子供向けではなく同世代向けに作ったと公言する大人向けの作品だ。物語の内容の紹介は読者の皆さんも良く知っていると思うので割愛するけど、この映画を初めて観た時、このカッコ良さはなんだ、このセリフの素晴らしさはなんなんだ、と僕は感動で震えた。そう、この映画には、僕が理想として追い求め続ける男のロマンとダンディズム、そして男の尊厳がすべて詰まっている。自分はこんなカッコイイ人生を送ってこれてはいないのだけど、送ってこれなかったからこそ、この素敵な男たちの物語に深く感情移入してしまう自分がいる。そして、この素敵な物語を見事に演出し、僕の心を激しく揺さぶるのが加藤登紀子の素晴らしい歌声だ。
加藤登紀子の歌声がなければ「紅の豚」は成立しない
この映画でマダム・ジーナの声優としても活躍している加藤登紀子がこの映画の中で歌う曲は2曲。1曲目はジーナ役として歌う挿入歌「さくらんぼの実る頃」。1866年に発表されたフランスの曲で、加藤登紀子はこの曲をフランス語で歌い上げる。実に見事なシャンソンで、僕はジーナが経営するホテル・アドリアーノにいるつもりで彼女の歌声に聞き惚れる。
そして2曲目が「時には昔の話を」だ。エンディングで「時には昔の話を」が流れてくると、僕は今でも必ず号泣してしまう。それくらい加藤登紀子の歌声は素晴らしく、『紅の豚』は、「時には昔の話を」がなければ成立しないと言ってもいいくらい、この映画を語るうえで必要絶対要素だと僕は思っている。宮崎監督だってきっと同じ気持ちに違いない。
ノスタルジーを超えた名曲「時には昔の話を」
加藤登紀子の曲や歌声は、何故か強いノスタルジーにかられます。この齢になって聴く加藤登紀子はグッときます。でもね、「時には昔の話を」は過ぎ去った時代をただ懐かしんでいるだけの曲ではないんです。これからもなお、夢を追いかけ続けよう、夢を追いかけ続けなさいよ、って男たちへのメッセージが込められているんです。よし、頑張ろう!
2016.10.08