11月3日

有線放送に強かったアイドル!中森明菜は夜の街から人気が高まっていった?

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中森明菜のシングル「禁区」が「ザ・ベストテン」有線放送ランキングで1位になった日
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有線放送でアイドルソングがランキング上位に入りづらかった理由とは


『ザ・ベストテン』をはじめとする、1980年代のテレビ・ラジオにおける音楽ランキング番組の多くは、順位の決め方として “総合ヒットチャート方式” を採用していました。この方式は、いくつかのランキングをポイント化して、その合計ポイントで順位を決定する方式であり、『ザ・ベストテン』では“ハガキリクエスト”“レコード売上”“ラジオ局総合ランキング”“有線放送”の4つのランキングをポイント化していたと言われています。

この中で、独特の存在感を放っていたのが “有線放送” でした。有線放送は、飲食店などで常時、音楽を流すために導入されているもので、電話で曲をリクエストすると、その店舗にだけその曲が流れるという仕組みがありました。夜の居酒屋などでリクエストをする人が多かったことから、有線放送のランキングは演歌や夜のムードを持った曲が上位に来る傾向がありました。有線放送で人気があった歌手の代表例がテレサ・テンです。彼女の曲のレコード売上はトップ10に届くかどうかだったのに対し、有線放送では常に1位を獲得していました。

そんな背景がある有線放送では、アイドルソングはランキング上位に入りづらかったのです。1980年代前半のトップアイドルを見てみると、近藤真彦や田原俊彦は全盛期に有線放送1位を取ることができず、トップ5に入れば上出来という状況でした(田原俊彦は1988年発売の「抱きしめてTONIGHT」で1位獲得)。当時、シングルレコード売上の連続1位記録を積み重ねていた松田聖子でさえ、有線放送で1位を取ったのは「渚のバルコニー」と「Rock'n Rouge」の2曲のみです。その他の、レコード売上ではトップ10常連のアイドル達だと、有線放送ではトップ20にさえなかなかランクインできないような状況でした。

有線放送での強さは本物。夜の街で先行して人気が高まった中森明菜「少女A」


そんな有線放送ランキングにおいて、他のアイドルと明らかに異なる動きを見せたのが中森明菜でした。広く世間に知られることになった「少女A」では、レコード売上トップ10に入るより1週早く、有線放送トップ10にランクインしました。「少女A」は発売からヒットするまで2ヶ月かかっており、その間に夜の街で先行して人気が高まり、有線放送へのリクエストが増えていったと考えられます。

その後も有線放送ランキングは上昇し、最高位2位、トップ10に11週ランクインしました。一方、レコード売上は最高位5位、トップ10ランクイン7週。レコード売上よりも有線放送のランクが上位・長期間という現象は、演歌では普通のことですが、アイドルソングでは極めて異例なチャートアクションだったのです。

次のシングル「セカンド・ラブ」は、レコード売上初登場の2週後に有線放送トップ10にランクインし、その2週後に2位に到達すると、そこから8週間トップ3にランクインし続けました。この曲がヒットした1982年暮れから1983年初頭は、「3年目の浮気」「さざんかの宿」「氷雨」「居酒屋」「冬のリヴィエラ」など、今も歌い継がれる名曲が有線放送の上位に居並ぶ演歌の当たり年。そこに、シングル3曲目のアイドルが割って入りトップ3を8週間キープしたのですから、明菜の有線放送での強さは本物だと認識されていきます。

続く「1/2の神話」で有線放送3週連続2位を記録した時のランキングを見てみると、

1位:矢切の渡し / ちあきなおみ
2位:1/2の神話 / 中森明菜
3位:矢切の渡し / 細川たかし

… となっており、競作で人気だった2人の「矢切の渡し」に割って入りました。この位置に明菜がランクインしていることに、当時なんとも不思議な感じがしたことを今でも鮮明に覚えています。

「禁区」で有線放送1位に!


そして、ついに「禁区」で有線放送1位を獲得。この「禁区」から「ミ・アモーレ」まで6曲連続で有線放送1位を記録しますが、さらに注目すべきは有線放送での息の長さ。この6曲はいずれもトップ10に10週以上ランクインし、6曲とも “レコード売上より有線放送の方がトップ10のランクイン期間が長い” という、アイドルとは思えない記録を生み出しました。

チャートアクションの早さも特筆もので、「十戒」と「飾りじゃないのよ涙は」では、レコード売上登場3週目で早くも有線放送1位を獲得しています。有線放送は曲が人々に認知されることでリクエストが増えていくので、レコード発売から有線放送で上位に来るまでにタイムラグがあるのが普通です。明菜は、レコード売上の瞬発力を有線放送に持ち込んだ最初のアーティストだと言ってもいいでしょう。

圧巻は1986年発売の「DESIRE」。レコード売上3週目に有線放送1位を取ると、そこから11週連続1位という驚異的なチャートアクションを見せました(ちなみに、レコード売上は1位が1週間、トップ10に9週間)。もうこの頃には “有線放送に強いアイドル” という枠を超え “有線放送に強い一流アーティスト” の地位を確立しており、「DESIRE」はその強さがランキングに明確に表れた形になりました。

数字が作る物語、アイドルのクオリティーを越えた中森明菜


中森明菜は『ザ・ベストテン』で1位獲得回数最多アーティストになっていますが、これは有線放送に強かったことが一因だと考えることもできます。特にチャートアクションの早さが重要で、レコード売上がまだ上位にいるうちに有線放送も上位に来ることで、総合得点が高くなり1位を早く長く取ることができたのです。音楽ランキングの順位など単なる数字でしかありませんが、数字が物語を作ることもあります。有線放送における中森明菜の数字は、とても興味深いストーリーを紡いでいるように感じます。

なぜ、中森明菜は有線放送に強かったのでしょうか? ここからは筆者の推察になりますが、なんといっても “楽曲のクオリティーがアイドルの域を超えていた” ことが挙げられるでしょう。有線放送で流れる、演歌や大人向けの楽曲の中に入っていても、明菜の楽曲は全く “聴き劣り” しないクオリティーを持っていたと思います。明菜の深みのあるボーカル、マイナー調(短調)、一流ミュージシャン提供といった点が、有線放送と高い親和性を有したのではないでしょうか。

そして、当時 “夜の仕事をしていた若い女性たちに中森明菜のファンが多かった” ことも影響していたのかもしれません。飲み屋で働く女性が、自身で、あるいはお客を通して、有線放送に明菜の曲をリクエストする光景があちこちで見られたのではないでしょうか。タレントのマツコ・デラックスが「昔の夜の女性はみんな明菜ファンだった」とテレビで誇張して話していたりしますが、なぜアイドルの明菜が有線放送に強いのかを考えるとき、この要因は無視できないものがあると私は考えます。

中森明菜が切り拓いた “有線放送1位” の道


理由はどうあれ、中森明菜が有線放送に強いアイドルの先駆けであったことは、彼女の功績や音楽性を考える上で興味深い示唆を与えてくれていると思います。1980年代も後半に入ると、少年隊や光GENJIといったアイドルが有線放送で1位を獲得していきましたが、それは “アイドルソングでも有線放送1位を取れる” という道を明菜が切り拓いたことにより、彼らがその道に続くことができたと言えるのかもしれません。

中森明菜の有線放送ランキングにまつわる曲をもう1曲。1987年、有線放送トップ10に入り、楽曲のドラマ性が話題を呼んだ曲がありました。その曲はシングルではなくアルバム収録曲。有線放送における中森明菜のアーティストパワーは、ついにアルバム曲をランクインさせるという異例の事態を生むに至ったのです。その曲こそ、後に楽曲提供者の竹内まりやがセルフカバーし、今では誰もが知る名曲 … アルバム『CRIMSON』収録「駅」。

※レコード売上の順位データは『オリコン』を、有線放送の順位データは『ザ・ベストテン』で発表されていたランキングを参照しました。

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2022.06.05
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