11月1日

感情喪失を歌った中森明菜のダークソング「アイ・ミスト・ザ・ショック」

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中森明菜のシングル「I MISSED“THE SHOCK”」がリリースされた日 
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photo:Warner Music Japan  

オリコン連続首位が途切れたシングル「I MISSED “THE SHOCK”」


1985年に「ミ・アモーレ」でレコード大賞を受賞して以来、アイドルの枠を破り、アーティストへの道を本格的に歩み始めた明菜。シングル曲も、聴きやすさよりクオリティを重視した作品が多くなってゆく。

それでもオリコンチャートでは、1984年の「サザン・ウインド」から15作連続で首位を獲得していた。作家を次々と変えて挑戦を続ける明菜に、ファンはしっかり(あるいは何とか)付いていたのだ。

その連続首位が途絶えたのが、1988年10月に発売された22枚目シングル「I MISSED “THE SHOCK”」だった。この曲はオリコンで最高3位、『ザ・ベストテン』でも、3位を4週間維持した後にランクダウンしてしまう。それもそのはず、この曲は明菜の歴代シングルの中でもマニアックでダークな作品だからだ。

中森明菜自身も答えられなかった? タイトルの意味


斬新なサウンドと大胆な衣装で話題を集めた前作「TATOO」に比べると、「I MISSED “THE SHOCK”」は少し地味な印象を受ける。メロディーは全体的に単調だし、前半部は明菜の低い声が淡々と続いて盛り上がりに欠ける。ラストのタイトル連呼も長くしつこい。

そもそも、タイトルの意味が不明だ。「ショックを避けた」のか「ショックを受ける気が失せた」のか…。明菜自身も歌番組で「タイトルは翻訳できない」と話していたそうだ。

しかし、そうした印象だけで聴き終えるのはもったいない。この曲は絵画を鑑賞するように、独自の世界観をじっくり味わうべき “作品” なのである。

アルバム「不思議」の系譜? ゴシック・ホラーの味付けをしたダークソング


この曲が表しているのは、滅びが漂うダークな世界。この2年前に発売され、声が聴き取れないと問題になったアルバム『不思議』の系譜に通じるものである。

別コラムでカタリベの後藤護さんが『プロデューサー中森明菜の慧眼際立つ!最大の問題作『不思議』を再評価』で述べているが、ホラー映画で流れるようなゴスロックを好んでいた明菜は、ゴスでダークな美学を基調に『不思議』を作った。その美学がこの曲にも反映されている。それも、スルメを噛むように繰り返し聴くと味が染み出すような恐さ。

何しろ歌われているのは、心が壊れてゆく女性なのだ。

タイトルの意味は「SHOCK(感情)の喪失」? 心を失う底しれぬ恐さ


この曲の主人公は、愛を失い、雨の日に一人部屋に閉じこもる女性。「夜が長い一日のせいで」意識が閉じている時間が多くなっている。そのうちに、過去や未来がわからなくなり「全てが壊れ始め」、雨に象徴される何かを恐がって引きこもるうちに「寂しさに慣れてしまう」。もはや感情喪失の一歩手前。ついには「何も見えない 見られない 誰にも言えない 聞こえない」という心境に陥る。きれい、優しい、空しい等、あらゆる感情が言語化できなくなり、錯乱してゆく…。

このように歌詞を解釈すると、タイトルは「ショック(=感情の一切)を失った」と訳すのが適切に思える。この曲のテーマは、心を失うことへの底しれぬ恐さなのだ。

このダークな歌詞を、明菜は静と動のメリハリを付けて歌いあげる。Aメロではひたすら無機質で感情を抑えてボソボソと歌うが、サビでは静から動に一転、声に悲哀がこもる。ラストは、これでもかと言うくらい「SHOCK,SHOCK,SHOCK」を繰り返す。まるで断末魔の叫びのように…。しかも衣装は、ゴシック・ファッションを彷彿させる黒基調のドーム型スカートなのだ。

A面とB面を入れ替えて発売、自分のセンスを信じて貫いたセレクト


このダークソングの作詞・作曲は、“QUMICO FUCCI”ことシンガーソングライターの福士久美子。編曲は、『不思議』のサウンド制作に関わり、「TATOO」の編曲も手掛けたロックバンドのEUROX(ユーロックス)。

QUMICO FUCCIは、8月に出した明菜のアルバム『Femme Fatale』にも曲を提供しているので、元々はアルバムの候補曲だったのかもしれない。EUROXのアレンジは歌詞に反し躍動的で、ゴス風の弦楽サウンドが耳に残る。楽器がひとつずつ加わる4つ打ちイントロも素晴らしい。

それにしても、なぜこのマニアックな作品をシングルで出したのか? 実は当初、B面の「BILITIS(ビリティス)」がA面だったそうだ。「BILITIS」は、ファンの間でも評価が高いダンサブルで親しみやすい曲。明菜の声もピタリ合っている。「BILITIS」がA面だったら、オリコン連続首位を維持できたかもしれない。

しかし、発売直前に明菜の意見でA面とB面が入れ替わり、「I MISSED “THE SHOCK”」が表題曲になった。おそらく明菜は、自分が追求する美学をこの曲から感じ、2年前の「DESIRE」の時と同じく自分の感性を優先したのだろう。そして、「I MISSED “THE SHOCK”」は30万枚を超える売上を記録する。これは、1988年に出た明菜のシングルで最も多い。首位は取れなかったが、「TATOO」や翌年の「LIAR」よりも売れたのだ。1988年の紅白歌合戦で、明菜がこの曲を歌ったことも大きかった。

昭和が終わる直前の大晦日の夜、王女のような衣装で「愛がもう取り残されるのSHOCK! SHOCK!」と歌う明菜。その姿をお茶の間で見て心を動かされた人も多かったことだろう。



2021.05.24
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カタリベ
1966年生まれ
松林建
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