共有感満載の80年代洋楽ヒット!ビルボード最高位2位の妙味 vol.77
Shattered Dreams / Johnny Hates Jazz80年代後半における第2次ブリティッシュ・インベイジョン
80年代洋楽の特徴的事象のひとつ、第2次ブリティッシュ・インベイジョン… その最盛期はというと、デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、ワム!等が大活躍していた80年代前半から中盤にかけて、となるだろう。
それ以降、80年代後半になってくると、“アイドル的要素を兼ね備えたポップ・ダンサブルなイケメングループ”の台頭が目覚ましくなってくる。同時期にしのぎを削ったユーロビート勢(リック・アストリー、シニータ、カイリー・ミノーグ等)とともに、第2次ブリティッシュ・インベイジョン末期を彩っていた。
80年代後半に一世を風靡した、アメリカ勢による “アイドルチックなポップ・ダンサブルな女性アーティスト” ムーブメントへのカウンターパンチこそが、この第2次ブリティッシュ・インベイジョン末期の花火だったのかもしれない。
ジョニー・ヘイツ・ジャズ最大のヒット曲「シャタード・ドリームス」
ブロウ・モンキーズ、ゴー・ウェスト、ウェット・ウェット・ウェット、ブロス… 台頭してきたイケメングループの名をいくつか挙げるのは容易である。
しかしヒットチャートでの実績、そして日本での浸透度を鑑みれば、イギリスの伊達男3人組ジョニー・ヘイツ・ジャズの名を忘れるわけにはいかない。彼らの最大ヒットとなったのが、80年代75番目に誕生したナンバー2ソング「シャタード・ドリームス」(1988年2位)だ。
ジョニー・ヘイツ・ジャズの楽曲としての認知度が最も高いのは、「ヴィーナス」も日本語で歌っていた長山洋子がカバーした「孤独のヒーロー」(I Don’t Want To Be A Hero)ということになるだろうが、アーティスト共有感も含めた総合的認知度の高さでいえば、「シャタード・ドリームス」に勝るものではない。あのクセになるサビの繰り返し部分が頭の中でリフレインしていた人が続出していたのは、紛れもない事実だ。
そして少なからずの人が、シャタード・ドリームスというグループ名の「ジョニー・ヘイツ・ジャズ」という曲名のヒット… と勘違いしていた。この時期ならば特に英国からの新進グループ名に長い名前を冠したパターンが目立ってはいたかもしれない。紛らわしい “文章” グループだと、キュリオシティ・キル・ザ・キャットと、このジョニー・ヘイツ・ジャズは、堂々たる双璧だった。
ミッキー・モストとカルヴィン・ヘイズ、親子で仕掛けた2度の侵攻?
ところでグループのキーボーディスト、カルヴィン・ヘイズの父親はミッキー・モスト。60~70年代に多くのヒットを生んだ伝説の英プロデューサーだ。彼がプロデュースした主なアーティストといえばアニマルズ、そしてハーマンズ・ハーミッツ。
まさしく(第1次)ブリティッシュ・インベイジョンの代表的グループである。(ビートルズやストーンズ等とともに)父親が勃発させたムーブメントを20数年後に息子がしめる。60年代と80年代、2度勃発したブリティッシュ・インベイジョンは、この親子が描いた壮大なる一大絵巻だったのだろうか。
※ KARL南澤の連載「共有感満載の80年代洋楽ヒット!ビルボード最高位2位の妙味」 ジャンル、洋邦、老若男女を問わないヒットソングにある ‟共有感”。米ビルボードのチャートがほぼそのまま日本における洋楽ヒットだった80年代。ナンバーワンヒットにも負けず劣らずの魅力と共有感が満載の時代に生まれたビルボードHOT100 2位ソングを紐解く大好評連載。
2021.03.03