5月21日

僕だけのメルダック神話、アンジーとブルーハーツに違いがあるとすれば?

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あのブルーハーツが所属! 天下のメルダック?


1988年当時、中3だった僕はレコード会社のメルダックを、泣く子も黙る大メジャーレコード会社だと勝手にカン違いしていた。ソニーや東芝EMI、ビクターなんかよりもずっと雲の上の存在!メジャーの中のメジャー!天下のメルダック!… だと。

なぜなら、ザ・ブルーハーツが所属していたからだ。本物のロックバンドがメジャーデビューするならメルダックが最高峰!と信じて疑わなかった。我ながら思い込みもはなはだしい。

実際は、メルダックは三菱電機が出資した比較的地味なレコード会社だったと思う。現在は徳間ジャパンコミュニケーションズ内のレーベルのひとつとしてその名を残し、ザ・ブルーハーツのボックスものや再発盤をリリースしている。ちなみに出資者(出資社)は三菱電機のほかにも複数存在するが、なかでも重要なのがコーラスグループのダークダックス。社名の “ダック” はここに由来するものとみられる。

“史上最強の新人” アンジーのアルバム「溢れる人々」


さて88年の春、僕は故郷の福岡にて、インディーズ時代から大ファンであったアンジーのメジャーデビューアルバム発売決定の報に浮かれていた。アンジーは博多から上京したのち、雑誌『宝島』直系レーベルのキャプテンレコードから3枚のミニアルバムを連続してリリース。その頃から「メジャーデビューがもう決まっている」と噂されていたように記憶している。僕にとっては待ちに待ったメジャーでのファーストアルバムリリース決定だった。

かくして、88年5月21日、アルバム『溢れる人々』とシングル「天井裏から愛を込めて」が同時発売された。アナログでなはなく、恐る恐るCDを発売日に買いに行った記憶がある。やっと手にした『溢れる人々』の帯のコピーにはこうあった――
史上最強の新人(ルーキー)

いやー、シビれるではないか!87年のプロ野球ドラフトの目玉は長嶋茂雄の息子、長嶋一茂だった。ほかにも PL学園優勝メンバーの立浪和義、橋本清、野村弘樹といった選手もいて、88年シーズンに活躍した。フィールドは異なるけれど、福岡から羽ばたいたアンジーだって負けちゃいない!アンジーこそが、この年の最強のルーキーなのだと高らかに宣言するかのようでワクワクしたものである。

バンドブームのなかで快進撃、ポコチンロックムーブメント!


そして僕は次の瞬間、手に取ったCDの裏面に、ザ・ブルーハーツの『THE BLUE HEARTS』や『YOUNG AND PRETTY』と同じレコード会社のロゴを見つけた。つまり、“meldac” という文字が、まるで水戸黄門の紋所よろしく、ガツンと目に入ったのである。僕はその時、心の底からこう思った。「あぁ、僕は博多時代からアンジーを応援してきてよかった。アンジーはザ・ブルーハーツと同じ道を歩むのだ。僕の目に狂いはなかった」。

その後も、僕はアンジーを熱心に聴き続けた。レピッシュやザ・ポゴとともに盛り上げたポコチンロックムーブメントにも共感した。バンドブームのなかで市民権を得たアンジーは快進撃を続け、89年発表のメジャーサードアルバム『黄金時代』はオリコンチャートのTOP10入りを果たしてもいる。

ただ、僕が期待したほどには、つまりザ・ブルーハーツほどには、世間はアンジーを受け入れなかったように思う。中3の僕が夢想したほどには、アンジーはザ・ブルーハーツと同じ道を歩むことはなかった。長嶋一茂が父・茂雄と同等の活躍ができなかったように…。

草野マサムネとアンジーの作品にも共通点が多い?


たとえば、現代の10代、20代の人たちは、ザ・ブルーハーツは知っていても、アンジーを知る人は少ない。同じメルダックとはいえ、ザ・ブルーハーツとアンジーには、神格化とかカリスマ性といった、音楽性とは異なる領域で雲泥の開きがある。在りし日の僕だけの “メルダック神話” はすっかり崩壊した。音楽好きの仲間同士で、アンジーが熱狂的に好きだったと話すと、だいたい笑い話にされてしまうこともしばしばだ。

でも、今でも僕は、アンジーのサウンドとヴォーカルの水戸華之介が書く歌詞は、ザ・ブルーハーツとなんら遜色ない、というより優れているとさえ思っている。その上であえて言うと、僕が好きなアンジーの絶頂期は、メジャー以前の博多時代とキャプテンレコード期にある。メジャー進出後の伸びしろの差がザ・ブルーハーツとの違いだったのかなぁ…。

最後に、アンジーをフォローする話題をひとつ。スピッツの草野マサムネは、その活動初期にザ・ブルーハーツの影響を受けて初期スピッツの方向性まで変えてしまった… というエピソードは有名だ。だけど草野マサムネは高校までは福岡育ちで、その頃地元でアンジーのライヴに足しげく通っていたということはあまり知られていないと思う(草野自身は公言しているにもかかわらず)。僕はスピッツが好きなアンジーファンとして、みんなにもっとこの事実を知ってもらいたい。草野マサムネとアンジーの作品には、ものすごく共通点が多いのです!

2020.04.09
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カタリベ
1974年生まれ
吉井 草千里
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