5月30日

幻に終わったゴンチチの全米ツアー、西ドイツ経由アメリカデビュー?

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ゴンチチのコンピレーションアルバム「Yellow Tornado」が西ドイツでリリースされた日
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アメリカ合衆国… 世界最大のポップミュージック供給国にして消費国、まさにポップスの本場であるこの国での成功は、外国人にとっては、たとえば英国人でさえ、容易ではありません。今と時代が違うとは言え、あのビートルズでさえ、米国進出はデビューから2年後でした。まして日本人にとっては…。

作品の力にいくつもの幸運が重なって、坂本九の「上を向いて歩こう(Sukiyaki)」がビルボードのシングルチャートで1位を獲得したのは1963年のこと。オリコンチャートもまだなかった日本では “チャート” そのものに馴染みがなく、たいして騒がれもしなかったそうですが、これはまさに奇跡でした。だってそれから55年。1979年にピンク・レディーの「Kiss in the Dark」が37位となったくらいで、松田聖子も矢沢永吉も PUFFY も、米国リリースこそすれ、ヒットチャートにはかすりもできなかったのです。“防弾少年団” はアルバムで1位をとりましたが、ほんとすごいことですよ。

そんなハードルの高さゆえ、やはり日本の音楽関係者にとって、米国発売はひとつの夢。私がいた EPICソニーは CBSファミリー(当時)なので、海外との渉外を担当する部署から米国を初め各国の CBS に、日本のプロダクツの情報も随時発信してくれていましたが、当然どの国もその国内で何をリリースするかはそれぞれの裁量に任されています。ですから他国のものは、相応の理由がないかぎり、リリースなどしてくれません。リリースにはコストも労力も必要ですから。特に米国など、自国のプロダクツが世界中で売れ、それだけでも充分に儲かっているわけですから、他国のもの、それも英語以外で歌っているものなんて、まず洟もひっかけません。

しかも、“ファーストオプション制” というものがあって、海外でのリリースはまずは各国の CBS に権利があって、CBS がいいよと言わなければ、他のレコード会社から、たとえインディーズであっても、出すことはできません。つまり、ある国でリリースできるかどうかは、完全にその国の CBS しだいなのです。要するに、CBS というネットワークがあるために、却って海外発売の可能性はせばまっているということになります。

CBSソニーの国際部に田中章、通称アキさんという人がいました。もうソニー・ミュージックからは定年退職されていますが、ふだんはダジャレばかり言ってる気のいいおっちゃんながら、海外通、人脈も豊富で、他社の同業者たちからも一目置かれる実力者でした。彼が、私が担当する “GONTITI” や “Killing Time” を気に入ってくれ、大きなネックである “言葉” がない音楽ということで、海外にプッシュしましょう、と動いてくれました。1987年頃のことです。

しばらくしてアキさんから、なかなか評判はいいよ、なんてことを言われながらも、そんなに簡単にいくわけがないことは重々承知ですから、特に期待もせずにいました。

そしたら、1年くらい経った頃かな、GONTITI に西ドイツ(統一前ですから)の「Tropical Music」というレコード会社から、リリースの話が来たのです。これはアキさんのプッシュによるものではなく、マネージメントのヒップランドのほうに、何らかのツテで来たんだったと思います。

だけど、前述の “ファーストオプション” の問題があります。西ドイツの CBS が OK してくれないと、Tropical がいくら出したくても出せないのです。そこでアキさんの出番です。交渉してもらい、まぁ西ドイツ CBS が GONTITI に興味なかっただけかもしれませんが、無事 OK となりました。

どれかのアルバムということではなく、ベスト盤のような形でこれまでの曲を選曲し、ジャケットも新たに制作した GONTITI の海外デビューアルバム『Yellow Tornado』は、Tropical Music 内の「Nectar」レーベルから、1988年5月30日に発売されました。

そして、それが引き金となったのかどうかは知りませんが、ついに待望の米国から、GONTITI の4thアルバム『Sunday Market』をリリースしたい、という話が!… ある、けっこう幹部のA&R(ああ、名前が思い出せないっ…)の方が、とても気に入ってくださったようです。発売は88年10月。LP と CD の両メディアで。その頃の米国の CD は、“スパゲティボックス” と言って、横は CD と同じだけど、縦がほぼ LPサイズ(約31cm)の箱に入れて販売されていて、この仕様がちょっと嬉しかった。

さらに、プロモーションのために、なんかの(これも忘れた!)オープニングアクトで全米をツアーする話も来て、具体的にスケジュールまで出てきました。おおー、日本のミュージシャンにとって “全米ツアー” なんて、野球選手にとっての MLB 契約にも勝る夢のような話、大いに盛り上がりましたが、その当時、ゴンザレス三上さんは某大企業の正社員、そんなに長くはとても休めない、と辞退してしまいました。

まだ日本でも売れてない、すなわち音楽では食っていけない段階でしたから、致しかたありません。米国をツアーしたからと言って、レコードが売れる保証はどこにもありませんから。

ただ、これで米国側はテンション下がってしまっただろうなと、それだけが心配だったのですが、その後、1990年のアルバム『Devonian Boys』まで米国リリースは続きました。結局、例の某A&R が異動になったことで、途絶えてしまうんですが。

2019.02.27
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1970年生まれ
ジャン・タリメー
ファーストオプション制というのに驚きました。なぜ一私企業であるCBSが全世界どこでも通用する(牛耳る)そんな制度があった(ある?)のでしょうか?例えば、日本の小さなレコード会社が、イギリスのインディーズの一グループを気に入って日本で出したいという時に、そんな問題が出てくるということですよね?CBSと縁もゆかりもないその日本の小さな企業なら、わざわざ、アーティストも、そのミュージシャンが出したレコード会社も、取次ぎも無関係(という想定で)な大手CBSにお伺いを立てる必要があるということがなぜなんでしょうか。疑問に思いました。
2019/02/28 02:41
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カタリベ
1954年生まれ
福岡智彦
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