これは原宿にあった或るBARでの出来事。表参道ヒルズが出来るほんの少し前の話だ。 その店は明治通りに面した雑居ビルの3階にあった。らせん状の階段を上りドアを開けるとバリ島のコテージをイメージした落ち着いた雰囲気。70~80年代のロックが常にかかっている。浅井慎平似のマスターと楽しげに飲み語る客たち。そして、道路に面したテーブル席の窓から俯瞰で眺める明治通りは格別の眺めだった。 流れる車のテールランプが美しい。この特等席でバンドのメンバーと飲んでいる宇都宮隆さんを僕は時々見かけた。たぶんこの眺めが気に入っているのだろう。彼は来ると必ずこの席に座るのだ。少年のように笑い、プライベートで仲間たちと語り合う姿は何気にレアな風景だ。こういう特別な時間が不思議とこの店には普通に落ちている。 いつだったか、上の階から楽しそうに笑う女の子たちの声が聞こえた。 この店の4階には小さなパーティルームがあり青山方向には大きな窓。東京タワーや青山・六本木あたりのネオンが良く見えるので結構人気があった。マスターに「いいね!パーティか何か?」と聞くと「女の子ばかりで同窓会なんだよネ。」と言って料理を持って階段を上がって行った。 すると先に来ていた客の一人がトイレに行くと言って上の階に行こうとする。連れの客が彼に言う。 「おい!そっちはトイレじゃない。無粋なことするなよ!」 バツが悪そうな顔をして戻ってくる彼に「どうしたの?」と聞くと「同窓会って言ってたでしょ。僕が店に来たときにちょうど彼女たちが階段を上がっていくのを見たんだよ。(3階と4階を挟んだ)この天井一枚の向こう側にナンノがいるんだよ。」と興奮している。 要するに彼が言いたいことはこうである。 南野陽子さんが高校でクラスメイトだった長山洋子さんと石野陽子さんと美女三人でプチ同窓会をしている。それをちょっと覗いてみたかったということなのだ。僕はカウンターにその時いた客たちと “ヨウコチャン” がいるであろうその天井を一緒に見上げた。すると隣の客がボソッと呟いた。 「スゲーな。3人とも “ヨーコ” だな。」 「トリプルヨーコ同窓会ですね。」 「オレ、今、教室でだべってる3人の制服姿を思わず想像しちゃいました。」 こういう時、男っていうのはどいつもこいつも本当に阿呆である。僕たちはマスターが戻ってくると、「ヨウコチャンの曲かけて!」とムチャぶりした。 マスターはちょっと困った顔をしたが、しかたなくヴィーナスをかけてくれた。 ヴィーナス / 長山洋子 作詞・作曲:Robert.Leeuwan 訳詞:篠原仁志 編曲:鷺巣詩郎 発売日:1986年(昭和61年)10月21日
2016.10.02
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