藤田まこと主演の刑事ドラマ「はぐれ刑事純情派」
「江川のいない巨人なんか面白くもおかしくもなんともないな」
大勢の人が行き交う都内の路上。藤田まこと演じる安浦刑事は、スポーツ新聞に目をやりながら吐き捨てるようにそうつぶやいた。足下では松尾嘉代演じる頭巾を被った婦人が安浦の履き潰れた革靴を丹念に磨いている――。
1988年4月6日、いかにも昭和を思わせるこのシーンから『はぐれ刑事純情派』の歴史は幕を開けた。冒頭で紹介したのは、その記念すべき第1話「密告者は美人靴磨き」の最初のセリフである。
今では滅多に再放送されることもない初期シリーズだが、あらためて見返すと色々な発見があって面白い。たとえば安浦刑事の人物造形にしても、後期シリーズと比べて幾らか人情味が薄く、ハードボイルドが強めの塩梅になっている。暴力団の事務所にガサ入れして組員を殴り飛ばしたり、ストリップ小屋の最前列で嬢に熱視線を送ったり……。穏やかで優しい “やっさん” しか知らない視聴者には想像し難い姿であろう。
ただ、第1シリーズから変わらないお約束もある。死んだ妻の連れ子という設定の2人娘とのやり取りや、真野あずさ演じるクラブのママとの掛け合い。そしてエンドロールで流れる主題歌は、一貫して歌手の堀内孝雄がシーズンごとに書き下ろし楽曲を提供し続けた。
アリス解散後の堀内孝雄、苦心の末に生み出した新機軸
伝説のバンド、アリス解散から数年、堀内は方向性に行き詰まり、不遇の時代を過ごしていた。相方だった谷村新司が着々とシンガーとしてステップアップする一方で、堀内はヒット曲に恵まれず苦しんでいたのだ。
転機が訪れたのは1986年。日本テレビ系の年末時代劇スペシャル『白虎隊』の主題歌として書き下ろした「愛しき日々」だった。ニューミュージック出身の堀内のイメージとは異なる歌謡曲テイストの強い本曲は、ドラマの内容とも相まって評判を呼び、『ザ・ベストテン』で週間最高3位を記録するなど、堀内にとって久々のヒット曲となった。演歌というほどクセもなく、しかしアリス時代とは明らかに違う、堀内が苦心の末に生み出した新機軸ともいえるジャンルだった。
同じ頃、テレビ朝日の藤原英一プロデューサーは、必殺シリーズの中村主水役でスター俳優の仲間入りを果たした藤田まことを主役に据え、拳銃を使わないことをコンセプトにした刑事ドラマの立ち上げに奔走していた。配役や大まかなストーリーなどアウトラインは固まった。あとは主題歌をどうするか。この時、藤原の頭に浮かんだのが、『白虎隊』を彩った「愛しき日々」のメロディだった。
裏さびれた中年刑事の物語に、深みと説得力を与えられるのは堀内孝雄の楽曲を置いて他にない!
そう確信した藤原は、さっそく堀内に連絡を入れ、無事快諾を得た。藤原は後に、この時の心境を「ドラマに格好良い包装紙が付いたよう」と表現している。
中年男性への等身大の応援歌「ガキの頃のように」
俺らしく そうさ 俺らしく
ここまで生きて 来たじゃないか
泣くんなら 泣いちまえ
涙がかれてしまうまで
泣くんなら 泣いちまえ
ガキの頃のように
堀内が提供した「ガキの頃のように」は、当時50代前半の藤田まことを意識したと思われる中年男性への等身大の応援歌だった。事件が解決し、無言で街の喧騒の中へと消えていく安浦刑事。そのスーツ姿の背中に、本曲は見事にマッチした。
以降、シリーズ完結までドラマのラストには必ず堀内の歌声が流れ続けた。放送回数444回、平均視聴率16.6%。安定して高視聴率を稼ぎだす人気ドラマの “専任歌手” の地位を確立した堀内は、完全にアリスの影を払拭。1990年の「恋歌綴り」、1993年の「影法師」、1998年の「竹とんぼ」といったヒット曲も生まれ、『はぐれ刑事』は藤田まことだけではなく堀内にとっても当たり役となった。
後継ドラマ「はぐれ刑事三世」ラストは堀内孝雄が流れないと!
さて藤田まことの逝去に伴う番組終了から11年が経ち、このほど『はぐれ刑事三世』という後継ドラマがスペシャル枠で放送された。主演は原田泰造。前作との直接の繋がりはないが、伝説の刑事・安浦吉之助に名前が似ていることから “はぐれ刑事三世” と呼ばれている、という設定だ。
形はどうあれ『はぐれ刑事』の遺伝子が受け継がれていくことを私は嬉しく思った。原田曰く、今後は連続ドラマ化も検討しているそうだ。昭和の終わりに誕生し、平成を映し続けたドラマが、今度は令和の世をどう描くのか。実に楽しみだ。
ただ、スペシャル版を見ていてどうにも違和感が残ったのが、やはりラストだった。『はぐれ刑事』を冠するなら、最後は堀内孝雄が流れないとダメだ。しっくり来ない。書き下ろしでも過去曲の再使用でも構わないので、どうかここだけは押さえて欲しいと思った次第である。
2020.11.24