男前で何が悪い? デュラン・デュランの歴史はミュージックビデオの歴史
デュラン・デュランは、非常に気の毒なバンドだと思う。「あいつら顔がいいだけで、音楽はクソだよな」と言われるバンドの代表格といってもいい。アーティストとしてはかなり過小評価されているように思える。
しかし、お顔こそが彼らの生まれ持った販売促進ツール。それを活用した結果、高い音楽性が認識されたのだ。男前で何が悪い? ―― ということで、そのビジュアルを存分に利用してきたデュラン・デュランだが、その歴史はミュージックビデオ以下、MVの歴史。両者は切っても切り離せない。
時はMTVの黎明期。印象的なビデオをたくさん制作して、ミュージックシーンに殴り込みをかけていった。たとえば「グラビアの美少女(Girls on Film)」では半裸のお姉さんたちがまぶしく(でもあちこちで放送禁止)や、「リオ」「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」など、スリランカで撮影されたビデオはとてもエキゾチック。
「ニュー・ムーン・オン・マンデイ」イマイチ決まらないニックの踊り…
数あるMVの中でも、メンバー全員が大嫌いなものがあるという。それは「ニュー・ムーン・オン・マンデイ」。1983年に発売された3枚目のアルバム『セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー』からカットされたシングルのMVだ。
私は「みんな踊ってるし、楽しそうなのに!」と意外に思ったのだが、実はそれが超絶楽しくなかったらしい。撮影時のエピソードが、オリジナルメンバーで元ギタリスト、アンディ・テイラーの自叙伝に詳しく書かれている。
メンバーはクリスマス休暇もそこそこに、1984年の年明け早々にフランスに飛び、屋外で2日間のロケを行ったという。撮影中は寒いし暗いしで、みんな1日中酒を飲んでいたようだ。そしてできあがったころに、終盤の “メンバー全員で踊る” シーンの撮影が行なわれた。
このロケでアンディが見たものは「ほとんど踊らないニック・ローズが踊る姿」だった。ギターのアンディやボーカルのサイモン・ル・ボン、ベースのジョン・テイラーは普段からステージで動き回っているから、踊りも自然。だがドラムセットに座りっぱなしのロジャー・テイラーと、キーボードの前から動かないニックは…
ここは私も昔から気づいていたところ。ニックの踊りがやけにどんくさいのだ。他のメンバーとタイミングを合わせようと必死になるが、イマイチ決まらない。私は大笑いしながらも、ニックが何だかとても身近に思えた。アンディのツボは「ニックが肩を上下に動かしているところ」らしいので、動画サイトでご確認を。
アーティストというものは音楽でファンを踊らせても、自分自身がうまく踊れるわけではないということを、図らずも世に示してしまうハメになった(ロジャーはただ体を左右に揺するだけなので、もう “踊り” 以前の問題)。
世界を席巻! 反省から生まれたMV「ザ・リフレックス」
こうして、「今でも見たくない」とアンディが言うほど、このMVはメンバーに嫌われてしまう。
しかし「次は基本に返って、中身のあるものを作ろうぜ」と作られたのが「ザ・リフレックス」のMVだ。ワールドツアーのライブ映像を編集したもので、シングルも世界中で大ヒットを記録した。デュラン・デュランはここで頂点を極めることとなる。
私にとってはもともと遠い人たちだったけど、もっと遠くに行ってしまったように思えた。だけどそんなスーパースターだって、それぞれが一人の人間だということを、「ニュー・ムーン・オン・マンデイ」のビデオを見るたびに思う。ニックのちょっぴりどんくさい踊りは、とっても人間らしい。
それに、今のデュラン・デュランがあるのは、間接的にこのMVのおかげだ。彼らの方向性を変え、世界的大成功へとつながるきっかけになったのだから。私のほうも、アンディが当時の思い出をシェアしてくれたおかげで、こうやって書かせてもらっている。アレなMVであっても無駄になることは一切ない。
さあ、懐かしむより超えていけ!
ん… どこかで聞いたようなフレーズ…?
参考文献:
Wild Boy: My Life with Duran Duran / Andy Taylor
In the Pleasure Groove: Love, Death and Duran Duran / John Taylor
2021.01.24