7月21日

天下無双のキャラ確立!小泉今日子のアルバム「Betty」と1984年という時代

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アルバムに感じた “時代性” と “独自性” 小泉今日子「Betty」


「キョンキョン、ノッてるなぁ」「ここまで来たら盤石かな」――。

借りてきたLPをカセットにダビングしながら、そう思った。時は1984年、大学に入って初めての夏休みのことだ。「買ってきたLP」と言いたいところだが、学生の分際では資金に限界がある。だからマイケル・ジャクソンも、マドンナも、松田聖子も、中森明菜も、ほぼレンタルに頼っていた。キョンキョンも然り。

当時の筆者は、チャートでトップ10入りするようなヒット作は、シングルもアルバムも借りることを心がけていた。ゆえに、初登場2位を記録したファーストアルバム『マイ・ファンタジー』(1982年)以来、トップ10入りを続けていた彼女のアルバムは毎回チェック。第3弾の『Breezing』(1983年)以降は作を重ねるごとに “ポップさ” や“カジュアルさ” が増していたが、第5弾にして、ついにポジションを確立した――。それが冒頭、『Betty』を聴いたときの感想だった。

なぜか。アルバム全体から “時代性” と“独自性” が感じ取れたからである。まずは収録曲等、関連情報を確認しておこう。

帯クレジット
チャーチーなサウンド、ビビッド今日子!!

収録曲
M1. 素敵にNight Clubbing(作詞:森雪之丞)
M2. 天然色のロケット(作詞:松本隆)
M3. 夜風にコールミー 素肌にコールガール(作詞:銀色夏生)
M4. 哀愁ボーイ(作詞:銀色夏生)
M5. 13日の金曜日(作詞:森雪之丞)
M6. 今をいじめて泣かないで(作詞:銀色夏生)
M7. プレゼンテーション(作詞:康珍化)
M8. 好きにして(作詞:康珍化)
M9. ラブコールをアンコール(作詞:康珍化)
M10. バナナムーンで会いましょう(作詞:康珍化)

全作曲:筒美京平
全編曲:船山基紀
ディレクター:田村充義
All Sound Effects Performed by Fairlight
(ミュージシャンのクレジットはなし)

全曲が筒美京平と船山基紀のヒットメーカーコンビによる、最新シンセサイザー・フェアライトを導入したオリジナルアルバム。そのことだけでも意欲作であることが伝わってくる。ただし、当時の広告を念のため確認したところ、筒美と船山が全曲を担当していることも、フェアライトが使われていることも、全く訴求されていなかった。今では重要とされる特徴や意義も、1984年の時点では一般に対するセールスポイントには成り得ない。そう見做されていたことの現れといえよう。

なので、筆者もそういう情報を抜きで聴いたわけだが、過去4作とは明らかに違う出来栄えであることはすぐに分かった。まずはアルバムとしての統一感。それまでは方向性を探る意味合いもあったのだろう。A面とB面でコンセプトを分けたり、様々な作家を起用したりして、アイドルの初期アルバムに見受けられる “ごった煮” 感があったが『Betty』ではそれが払拭されていた。

新時代の到来を予感、新鮮だったデジタルサウンドと詞の世界観


第2はSEを多用したデジタルサウンドの新鮮さだ。今でこそ当たり前だが、当時は打ち込みの草創期。デジタルシンセサイザーと生楽器の音を融合させたポップスは耳に新しく、フェアライトを駆使して、これでもかとばかりに挿入された効果音も楽しかった。ピコピコしたテクノポップよりも一段進んだサウンド体験。それは新時代の到来を予感させるものだった。余談だが、帯に記載されている「チャーチーなサウンド」。今もって意味がよく分からないが(辞書には「教会のような」とか「教会の規則を厳守する」と書かれている)、筆者は「ビビッドな今日子」を引き立たせる新しいサウンドのことだろうと解釈した。

そして第3は詞の世界観。アイドルとしては致し方ないところだが、キョンキョンも最初はいじらしい乙女心を歌う純情路線だった。5thシングル「まっ赤な女の子」(1983年5月)以降、弾けたサウンドもあって、キュートな元気少女に変身していくものの、詞のなかではまだ「受け身」。それが『Betty』では自分から行動を起こし始める。「君が好き」と彼に囁いたり(「プレゼンテーション」)、いきなり平手打ちを決めたり(「ラブコールをアンコール」)――。松田聖子も徐々に自分から仕掛けるヒロインを歌うようになるが、それは20歳を超えてから。当時18歳のキョンキョンはあっという間に「恋のイロハ」を学習し、時には「コールガール」のような際どい言葉(「夜風にコールミー 素肌にコールガール」)もサラッと歌えるまでに成長したことになる。

詞に関していうと、もう1つ画期的だったことがある。7月にリリースされたアルバムなのに、アイドルソングの定番である「陽光煌めく夏の恋」を歌った曲が1つも収録されていないのだ。キーワードは、“夜““月”“雨” で、ワンナイトストーリーを描いた映画『アメリカン・グラフィティ』にも連なる世界観。当時は『アメグラ』で流れるオールディーズ的なネオロカビリーが人気を呼んでおり、しかもその『アメグラ』を想起させる「涙のリクエスト」でチェッカーズがブレークした時期でもあるので、それらの影響もあったかもしれない。チェッカーズにも通じる”明るい不良性”。そんなキャラクターをキョンキョンが確立したのが『Betty』だった――。筆者はそう考えている。

収録曲から感じるキョンキョンの時代性


時代とシンクロしつつ、従来のアイドルにはない独自のキャラクターを築いていくキョンキョンだが、持ち味の“時代性”は『Betty』の収録曲からも窺える。たとえば「哀愁ボーイ」のイントロはガゼボの「アイ・ライク・ショパン」風だし、「13日の金曜日」はマイケル・ジャクソン「スリラー」のパロディ。彼女のライブの定番曲となる「ラブコールをアンコール」はデジタルロック調で、カフェバーを舞台にした「素敵にNight Clubbing」は前年にヒットした「ナイト・イン・ニューヨーク」(エルボウ・ボーンズ&ザ・ラケッティアーズ)を思わせるビッグバンドサウンド…と、どの曲にも80’s(エイティーズ)の空気が詰まっている。

それは歌い手の個性を見極め、洋楽を巧みに採り入れた楽曲を提供する筒美京平と、その楽曲を最新のサウンドでキャッチーに聴かせることができる船山基紀の力あればこそ。かくして、大学生がクルマで聴いても恥ずかしくないアルバムに仕上がった『Betty』はLP・カセットを合わせて20万枚を超えるヒットを記録する。ここで彼女のアルバムセールスの推移を見ておこう。

■ 1982年8月21日『マイ・ファンタジー』(LP2位 / カセット7位)20.9万枚
■ 1982年12月16日『詩色の季節』(LP2位 / カセット8位)17.8万枚
■ 1983年7月5日『Breezing』(LP2位 / カセット6位)18万枚
■ 1983年12月16日『WHISPER』(LP3位 / カセット5位)17.8万枚
■ 1984年7月21日『Betty』(LP3位 / カセット5位)23万枚

拙稿『小泉今日子「私の16才」でデビュー! 芸能界入りした “最初の1年” の真実』でも述べた通り、最初から好調な売上を記録したキョンキョンのアルバムは、その後も高い水準を維持。デビュー3年目を迎えた同期の多くが伸び悩むなか、さらなる上積みを果たしている。以下、『Betty』と同時期に発売された “82年組” のオリジナルアルバムの状況を見てみよう。

■ 早見優 / RECESS (1984年3月 / LP5位 / カセット14位)9.1万枚
■ 松本伊代 / Sugar Rain(1984年3月 / LP17位 / カセット12位)4.4万枚
■ 中森明菜 / ANNIVERSARY(1984年5月 / LP1位 / カセット1位)47.6万枚
■ 堀ちえみ / プラムクリーク(1984年6月 / LP8位 / カセット17位)7.2万枚
■ 石川秀美 / サマー・ブリーズ(1984年7月 / LP10位 / カセット17位)5.3万枚

参考までに、やはり豊作といわれた80年組の同時期のアルバムセールスは以下の通り。

■ 柏原芳恵 / LUSTER(1984年4月 / LP22位 / カセット27位)3.6万枚
■ 松田聖子 / Tnker Bell(1984年6月 / LP1位 / カセット1位)50.5万枚
■ 河合奈保子 / Daydream Coast(1984年8月 / LP3位 / カセット5位)10.4万枚

数字を見れば、キョンキョンが聖子、明菜に次ぐポジションを固めたことは明らか。この時期の彼女は9thシングル「渚のはいから人魚」(1984年3月)が初のオリコン1位を獲得。続くシングル「迷宮のアンドローラ」(同年6月)で『ザ・ベストテン』(TBS系)や『ザ・トップテン』(日本テレビ系)でも初の1位に輝くなど、上昇気流に乗っていた。その勢いがアルバムの売上にも現れたといえるが、背景には担当ディレクター・田村充義氏の周到な戦略があった。

筆者は何度か田村氏に取材をしたことがあるが、小泉以前にスペクトラムや山田邦子、コスミック・インベンション(1981年にデビューした男女5人のテクノポップバンド。デビュー時は全員中学生で、作曲家の井上ヨシマサらを輩出した)などを担当していた氏は時代に敏感で、進取の気性に富む人物。1983年春にキョンキョンの担当を命じられると、アイドルのなかで5~6番手だった彼女を3番手にすることを目標に、他のアイドルとの差別化を図るようになる。当時、広告業界で注目されていたキャッチコピー的な要素を作品づくりに採り入れたのもその一環。ほかにもアイドル初の「別名義使用(あんみつ姫、KYON²)」や「12インチシングルの発売」など、新機軸を次々と打ち出し、彼女に「面白くて新しいことをやる人」というイメージを持たせることに成功する。

デビュー3年目で3番手につけた小泉は『Betty』の発売日(7月21日)を皮切りに、サマーツアー『時計のいらない夏~Timeless Summer~』を全国33都市で開催。「SFスペクタクル編」「オリジナル曲編」「ガサツないい女編」の3部構成となった同ツアーでは、最新アルバムから8曲がセレクトされ、一部の曲はロック色を強めた演出で歌われるなど、アイドルのコンサートとは一味違う内容が話題を呼ぶ。

さらに9月には『Betty』収録曲や既発シングル曲を収めた映像作品『Timeless World』を発売。ようやく日本でもMTVが定着し始めていたこの時期、邦楽、しかもアイドルで制作費7000万円をかけたMV集をリリースしたのもキョンキョンが先駆けで実に画期的なことであった。

筒美京平がアルバムのために書き下ろし、歌手にとって価値ある勲章


画期的といえば――。1つ言っておきたいことがある。

『Betty』が既発のシングル曲を一切含まないアルバムであることが、アイドルとしては画期的なことだったという評価を一部で目にするが、事実は必ずしもそうではない。同様の事例は1970年代から散見されるからだ。

既発シングル曲やカバー曲を含まないアイドルのアルバム
■ 桜田淳子 / 16歳の感情(1974年)ほか1作
■ 南沙織 / Cynthia Street(1975年)
■ 山口百恵 / 百恵白書(1977年)
■ 太田裕美 / 背中合わせのランデブー(1978年)ほか1作
■ 岩崎宏美 / 10カラット・ダイヤモンド(1979年)
■ 榊原郁恵 / 郁恵自身(1979年)ほか4作
■ 石野真子 / わたしのしあわせ MAKO・5(1980年)
■ 三原順子 / Wash Out(1982年)
■ 早見優 / LANAI(1983年)ほか2作
■ 中森明菜 / NEW AKINA エトランゼ(1983年)ほか2作
■ 河合奈保子 / Daydream Coast(1984年)ほか2作
※1984年までにデビューした女性アイドルの初期5年間の作品に限定。

筆者が知るだけで、これだけ存在するのだから、実際はもっと多いに違いない。男性アイドルまで視野を広げれば、田原俊彦はデビュー5年目までに7作、近藤真彦は3作、既発シングル曲を含まないアルバムを発表しているのだから、画期的とか、珍しいことだったとはとても言えない。

ちなみに、ヒットメーカーの筒美京平が全曲を担当した、既発シングル曲を含まないアルバムは筆者が知る限り、以下の8作しかない。

■ フランク永井 / 旅情(1969年)
■ 郷ひろみ / HIROMIC WORLD(1975年)
■ 野口五郎 / SMILE(1980年)
■ 沢田研二 / 女たちよ(1983年)
■ 小泉今日子 / Betty(1984年)
■ 河合奈保子 / さよなら物語 THE LAST SCENE and AFTER(1984年)
■ 河合奈保子 / STARDUST GARDEN-千・年・庭・園-(1985年)
■ 田原俊彦 / YESTERDAY MY LOVE(1987年)

シングルをヒットさせることを職業作曲家の使命と定め、日々多忙を極めた筒美がアルバムのために多くの曲を書き下ろしたという意味では、こちらの括りの方が画期的、歌手にとって価値ある勲章だという気もするがいかがだろう。

それはともかく――。筒美京平との仕事を通じて所期の目的(=聖子、明菜に次ぐポジションを獲得する)を達成した田村氏は以後、小泉と同世代にあたる若手の作家やミュージシャンを積極的に起用。小泉自身に作詞の才能があることも見出し、アーティスト路線へと導いていく。そんな方向に進むきっかけを作った、アイドル時代のキョンキョンを象徴するウェルメイドなアルバム、それが1984年の夏を彩った『Betty』だったのである。

40周年☆小泉今日子!

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2022.02.25
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