ドラマ「教師びんびん物語」の主題歌「抱きしめてTONIGHT」
「抱きしめてTONIGHT」は田原俊彦の33枚目のシングルとして1988年4月に発表された曲。田原が主役の熱血教師を演じたテレビドラマ『教師びんびん物語』(1988年)の主題歌となりヒットした。
デビュー時の可愛い少年らしさのイメージは適度に残しながらも、田原俊彦は年齢相応の世界観を表現するためのさまざまなチャレンジを行っていく。楽曲を提供する作家陣も、常連といえる顔ぶれに混じって、
■ 騎士道(1984年 作詞:阿久悠、作曲:つのだひろ)
■ 銀河の神話(1985年 作詞:吉田美奈子、作曲:呉田軽穂)
■ 華麗なる賭け(1985年 作詞:吉元由美、作曲:久保田利伸)
■ ベルエポックによろしく」(1986年、作詞:阿久悠、作曲:宇崎竜童)
■ KID(1987年 作詞:阿久悠、作曲:井上ヨシマサ)
… など、これまで田原俊彦とは縁の無かった作家が積極的に起用され、新たな表現の可能性が模索されていった。
この他にも、デビュー曲の「哀愁でいと」(1980年)以来の外国曲カバーとなる「ラストシーンは腕の中で」(1984年)で流行りはじめたディスコミュージックを意識したり、研ナオコとのデュエット「夏ざかりほの字組」(1985年 作詞:阿久悠、作曲:新川博)でテレビのバラエティ番組に通じる親しみやすさをアピールするなど、エンターテイナーとしての表現の幅を広げていった。
びんびんシリーズ主題歌は、すべて田原俊彦
この時期の田原俊彦の活動として忘れることができないのがドラマ出演だ。もともと彼が注目されたのはトレビドラマ『3年B組金八先生』(1979年)がきっかけだったが、その後もコンスタントにドラマや映画に出演している。なかでも『ラジオびんびん物語』(1987年)からスタートした “びんびん” シリーズは、可愛いアイドルから一皮むけた “イザと言う時には頼りになるできる男” という田原俊彦のキャラクターを確立したといっていいだろう。
この “びんびん” シリーズは、作品によってシチュエーションは異なるが、田原俊彦は常に主人公の徳川龍之介を演じている。そしてこのシリーズで最大のヒットとなったのが『教師びんびん物語』(1988年)だった。
ちなみに連続ドラマとして放映された “びんびん” シリーズの主題歌はすべて田原俊彦が歌い、シングルとしてリリースされている。
ちなみに『ラジオびんびん物語』は「どうする?」(作詞:橋本淳、作曲:筒美京平)、『教師びんびん物語』が「抱きしめてTONIGHT」(作詞:森浩美、作曲:筒美京平)、そして『教師びんびん物語Ⅱ』の主題歌が「ごめんよ 涙」(1989年 作詞:松井五郎、作曲:都志見隆)だ。
もちろん、「抱きしめてTONIGHT」を大ヒットした『教師びんびん物語』と結び付けて聴いている人は多いはずだし、その聴き方で正しいのだけれど、あえてドラマから離れてこの曲を振り返ってみるのもまったく意味がないわけじゃないと思う。
「抱きしめてTONIGHT」の聴きどころは?
田原俊彦は、1987年に「KID」、「“さようなら” からはじめよう」、「どうする?」と3枚のシングルを発表している。「KID」は後にAKBの一連の楽曲を手掛けて脚光を浴びる井上ヨシマサを作曲に起用したディープ感のあるナンバー。続く「“さようなら”からはじめよう」はテクノ感覚の歌謡ポップの佳曲、そしてドラマ『ラジオびんびん物語』の主題歌「どうする?」は、ちょっとプリンスを思わせるような耽美感のあるデジタルポップ…… と、どれもかなり時代のテイストを感じさせる音作りが目立つ感じだった。
しかし1988年最初のシングルとして発表された「夢であいましょう」は、一転して古き世良き時代のロマンティシズムにあふれた楽曲。ジャズの大御所である八木正生がストリングスとホーンアレンジを手掛けた本格的なスウィング・ジャズ・サウンド。そしてそのサウンドに乗せた田原俊彦の味のあるヴォーカルが聴きものだ。それはある意味で、時代と並走しているイメージがあった1987年にリリースされたシングル群よりも冒険作だったのではないかと思う。
思いきりオールドジャズの時代に飛んだ「夢であいましょう」に続いて田原俊彦が発表した「抱きしめてTONIGHT」も異色作と言っていいと思う。
作曲は、「夢であいましょう」に続き、この頃には田原俊彦のメイン作家となっていた筒美京平。後に「この曲にはサビしか無い」とも言われるように、キャッチーなメロディを惜しげもなく積み重ねてぐいぐいと盛り上げていく曲作りの巧みさも聴きどころだ。
60年代の洋楽をヒントに表現した歌謡ポップスの世界
「抱きしめてTONIGHT」には、時代の最先端を追いかけた曲というイメージは無い。逆にどこか耳に馴染んだ懐かしさすら感じられる。けれど、それは必ずしも偶然ではないだろう。というのも、「抱きしめてTONIGHT」は、1960年代のとある洋楽ヒット曲をヒントにして作られたと聞いたことがあるからだ。その曲とはイギリスの大物歌手トム・ジョーンズが1969年に世界的に大ヒットさせた「LOVE ME TONIGHT」だ。
確かにこの2曲を聴き比べてみると、テンポ感や曲の雰囲気、イントロを生かした曲の盛り上げ方など共通した要素があることが感じられる。けれど「抱きしめてTONIGHT」は、けっして「LOVE ME TONIGHT」に似せた曲として作られたのではなく、「LOVE ME TONIGHT」から伝わってくる心が浮き立つような感覚を歌謡ポップスの世界で表現してみようというチャレンジによって生まれた曲だと思う。
それは田原俊彦のデビュー曲「哀愁でいと」が、レイフ・ギャレットの「NEW YORK CITY NIGHTS」のポップ感を、日本的アイドルソングに置き換えてみようとする実験姿勢とも通じるものではないだろうか。「抱きしめてTONIGHT」という曲名にも、「LOVE ME TONIGHT」へのオマージュが感じられる。
一体となって伝わってくる、しなやかさと力強い盛り上がり
僕がこの2曲を聴き比べて強く感じるのは「抱きしめてTONIGHT」のオリジナリティと完成度の高さだ。
実は「LOVE ME TONIGHT」はトム・ジョーンズがオリジナルではない。もともとは1969年にイタリアの楽曲コンテスト「サンレモ音楽祭」でジュニオール・マッリによって歌われた「ALLA FINE DELLA STRADE」という曲が、トム・ジョーンズが英語詞でカヴァーして世界的に大ヒットさせたものだ。
「LOVE ME TONIGHT」はもともとカンツォーネなのだ。だからこそ、声量を生かしてエネルギッシュに歌い上げるタイプのトム・ジョーンズにはピッタリの曲だった。
しかし田原俊彦は歌い上げ系のシンガーではない。そして「抱きしめてTONIGHT」は田原俊彦の個性を生かした唱法を生かして、しなやかさと力強い盛り上がりが一体となって伝わってくる、とても洗練された曲になっている。
見る者を虜にする “時を超える力”
「抱きしめてTONIGHT」の詞を書いている森浩美は、森川由加里の「SHOW ME」などを手掛けて注目されていた気鋭の新進作家。田原俊彦への作品提供はこれが最初じゃないかと思うけれど、揺れ動く恋人の心を優しくなだめる余裕ある大人の男のダンディズムが印象的に描かれている。
その後、森浩美は「SHAKE」(1996年)などのSMAP曲、KiKi Kidsの「愛されるより 愛したい」(1997年)など多くのヒット曲を世に送り出す人気作詞家となっている。
二人の男性ダンサー(乃生佳之、木野正人)を従えた「抱きしめてTONIGHT」のパフォーマンスも大きな話題となった。当時の映像を今見直しても、そのダンスの迫力とクオリティの高さには圧倒されてしまう。まさに田原俊彦が、エンターティナーとしての充実期を迎えていることが感じられるのだ。
そんなふうに、発表から30年以上を隔てても見る者を虜にしてしまう “時を超える力”。これこそが、あえて時代を追わなかった「抱きしめてTONIGHT」の最大の魅力なのだと、改めて思う。
特集 田原俊彦 No.1の軌跡
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2021.08.27