2023年 7月12日

DJ【小林克也】最新インタビュー ② 山下達郎「COME ALONG」と「ベストヒットUSA」

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『DJ【小林克也】最新インタビュー ① そのまま曲名を告げるだけではダサいからね!』からのつづき

DJ【小林克也】最新インタビュー ② 山下達郎「COME ALONG」と「ベストヒットUSA」

どのディスコでも共通して盛り上がった達郎の曲


―― 去年に引き続きリリースされる『FM STATION 8090』シリーズは、小林克也氏がナレーションを務めた山下達郎の名盤『COME ALONG』がモチーフとなっている。『COME ALONG』は、A面を当時のディスコをイメージした “Dancing Side”、B面をハワイのラジオステーション『KIKI』を再現した “KIKI Station Side” というコンセプトで制作されたコンピレーションアルバムだ。

小林克也(以下克也):山下達郎も最初は感覚的に先を行っている人たち以外には売れなかった。そんな時、彼の所属していたRCAも含めて数多くのレコード会社がディスコ向けのサンプル盤を作るようになりました。昔のディスコDJはしゃべりが特徴のひとつだったので、サンプル盤にもそういうしゃべりを入れてアメリカのポップスの放送局みたいに仕上げた。それでディスコ向けにプロモーションしようと。アメリカのポップスの放送局みたいにね。

そうしたら、当時の達郎の担当ディレクターが「克也さん、大阪に行ったら面白いですよ」と。つまり、大阪のディスコでは、洋楽メインの選曲の中で、DJが達郎のレコードもかけていたんです。それで一番達郎が受けている。ディスコによってかけるタイプの曲が違うけど、どのディスコでも達郎の曲なら共通して盛り上がったようです。当時の東京のディスコでは邦楽をかけることはありませんでしたが、大阪はかけていたんです。

竹内まりやもMCで出演。山下達郎「COME ALONG」


それで、達郎の音源でディスコのサンプル盤のようなものを作ってくださいという依頼が来ました。それが『COME ALONG』です。ある日、RCAで打ち合わせをしていたらレコード棚にハワイのサーフィンのレコードがあって、そのアルバムにはハワイのラジオ局、KIKIのジングルが使われていました。これにインスピレーションを感じて「これ使っていい?」と。それで竹内まりやにも連絡して、「KIKIにリクエストの電話をかける設定で、『達郎が今人気だから曲をかけて』っていう英語のセリフを入れてくれないか」と頼んだんです。だからあのアルバムのMCには竹内まりやも出演しています。

このサンプル盤に2〜3万円のプレミアがついているというのを朝妻さん(註:朝妻一郎 音楽プロデューサー)「あれ、権利関係を全部クリアしてカセットにして出すから」と言ってくれました。その頃、達郎が出演していたマクセルのカセットテープのCMが流れていたこともあり、このアルバムは何万十枚と売れました。



「ジョージ・ハリスンの新曲を」リクエストの主はカマサミ・コング


―― この『COME ALONG』のナレーションのスタイルは、後に日本でもスタンダードとなり、人気DJが続々と登場する。そのひとりはカマサミ・コング氏だった。

克也:僕が73年に『オールナイトニッポン』をやっていたら韓国から「俺は放送の仕事をしているのだけど、この番組をよく聞いています。リクエストはジョージ・ハリスンの新曲を」みたいなメッセージが来たんです。それがカマサミ・コングだったのです。

彼は、小林克也のイニシャルがK・Kだから、俺も迫力が出るようにカマサミ・コング(K・K)にしたと言っていましたね。それから少し経って、ハワイに行った時、彼に連絡したこともあった。独特のスタイルを持っていて、すごく良いDJだからね。彼は、これまでに台湾で店をやっていたこともあるわけですよ。だけど、D Jの道へ。彼の人生もそうやって変わっていきました。

エアチェック用のピックアップ依頼を無視―― そのワケは?


―― 日本でラジオDJの第一人者だった小林克也の影響を受けたカマサミ・コングが海外でも活躍するようになる。そんな時期に雑誌ポパイが提唱していた “西海岸カルチャー” が流行し、このムーブメントも、音楽と大きな関わりを持つようになる。

克也:“西海岸カルチャー” が流行した当時、音楽がすごい広がりを見せていました。80年代になると洋楽を聴く人が一気に増えていきます。ポパイは音楽について僕らと違う角度から見ていました。そういうカルチャーの発信源があったから、FM局も流行に敏感な番組を制作するようになり盛り上がりを見せるわけです。

そんな状況の中でエアチェックの文化が生まれるのですが、僕は、エアチェックが大嫌いでね(笑)。ラジオはナマというか、何が起きるかわからないハプニングが醍醐味だった。一から十まであらかじめ曲を発表して、サプライズが何もない。それは、ある意味、エンタテインメントを殺していたんです。例えば、僕の番組でかける曲をあらかじめ発表して、そのまま流していたら面白くないでしょ。

それプラス、エアチェックのために何をかけるのか、放送の数日前に雑誌に登録しなければならない。アメリカのヒットチャートなんて、その間に変化するので、当然こちらで予想するわけにもいかない。今だから話せるけど、僕が担当していた番組でも、「エアチェック用に曲をピックアップして欲しい」と言われていたが、それも僕は無視していた。あらかじめ曲を発表してしまうわけにはいかない。それでは、番組が録音のためだけになってしまう。聴いて楽しむというのが二番手になってしまっているように思えてしまって…。

テレビ出演は非効率!?「ベストヒットUSA」の舞台裏話


―― 当時のFM雑誌では、克也氏が担当する番組だけ曲名が何も書いてなくて空欄ということもあった。だから逆に何がかかるのかな?という期待もあり、サプライズ的な流れが楽しみでもあった。そして、同時期には今年放送開始から42年目を迎える『ベストヒットUSA』がスタートする。

克也:『ベストヒットUSA』がスタートする前、僕のテレビ出演といえば、かまやつひろしやアン・ルイスなんかが出演する時、「演歌が始まるようなナレーションにしたくないから、英語で紹介したりするような司会をやってくれないか」となどという依頼でした。それでスタジオに行くと、リハーサルにかなり時間がかかる。当時僕はラジオやテレビCMのナレーションをかなりやっていました。これらに比べると非効率的だったので、『ベストヒットUSA』の話が来た時にマネージャーをやっていたカミさんに「絶対に断ってくれよ」と念を押していたんです。

だけど、その後にFM東京に行ったら黒服みたいな人が4〜5人来て、「克也さん、打ち合わせに来ました」と。うちのカミさんは断ってなかった。「これはチャンスだ」と思ったみたいで(笑)。それで結局やることになりましたが、テレビで顔を見せてやるとなったら、大変ですよね。僕は長くても2〜3ヶ月しか続かないと思っていたら後日、テレビ朝日の社長から、「小林君、あの番組、面白いんだよ。数字が動くんだよ」と。

それは、どういうことかというと、番組の時間帯が土曜日の深夜11時15分からのスタートで、その日にMVを流したアーティストのアルバムが翌日の日曜日には2〜3倍の売り上げがあると。それで、「あの番組は1年ぐらい続くよ」と(笑)。だから「1年続くんですか!」で驚いたけど、結局は40年を超えてしまった。視聴率でいえば、一時期ねるとん(ねるとん紅鯨団)に敗れただけ。だからあの時間帯を開拓できたとテレビ局が大喜びでしたね。



物質的でリッチ! 音楽に画像がついた! それを録画で楽しんだ80年代以降の音楽


克也:『ベストヒットUSA』で流れていた80年代以降の音楽は60年代、70年代の音楽の蓄積だとか悩みを吹っ切ったように、物質的でリッチなものになっていきます。ウォークマンで音楽を持ち歩くことが出来るようになり、それに加え、音楽に画像がついて、それを録画できるようになる。アメリカは当時すでに子どもたちがすでに個室でテレビを観ている。そうすると、親とは違った感覚があって、なおかつビデオで録画していたんです。

日本でもそう遠くない将来にそうなるはずだからと。テレビの視聴率もお茶の間の数字ではなく、個人の視聴率というものが出てくるはずだ。これを見込んでMV主体の番組をやろうと。こういう現状から『ベストヒットUSA』をスタートさせた。放送開始当時は、MTVも開局前でした。アメリカではこういう形態の番組はなかったからね。

特集 FMステーションとシティポップ

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2023.05.05
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