9月23日

ボストンが80年代に残した唯一のアルバム「サード・ステージ」のブレない世界

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photo:UNIVERSAL MUSIC  

トム・ショルツ率いるアメリカンプログレハードの雄、ボストン


実に “8年” もの歳月を経てのアルバムリリース。移り変わりの激しい音楽ビジネスシーンにおいて、それは異例といえるものだった。

1976年にデビューしたトム・ショルツ率いるアメリカンプログレハードの雄、ボストン。トムが世界屈指の名門校として名高いマサチューセッツ工科大学を修了し、ポラロイド社のエンジニアとしての勤務の傍ら、音楽活動を続けていたことはロックファンの間でもあまりに有名だ。宅録の走りといえる多重録音を駆使した音源制作を実践し、ロックミュージシャンらしからぬキャリアを生かして、のちにロックマンをはじめとしたオリジナルの機材まで開発していった。

そうした特異なバックボーンは、どのバンドにも似ていないボストンの個性的なサウンドメイキングを生み出すことにも繋がった。トムのギターが奏でる重厚でブライトなディストーションサウンドは、一聴してボストンであることを証明するトレードマークとなり、個性豊かなロックバンドが競い合う時代にあっても、ずば抜けたオリジナリティを誇っていた。

ノー・シンセサイザー、ノー・コンピューター


僕自身は1978年のセカンドアルバム『ドント・ルック・バック』が、リアルタイムで聴いた初めての作品だったけど、AMラジオの音質で聴いても、その特異性は十分に伝わってきたし、タイトル曲のイントロで奏でられる鮮烈なギターのカッティングを、FMラジオのクリアな音質で初めて聴いた時の衝撃も忘れ難い。

スペーシーで先鋭的なのに決して冷たい印象を与えず、どこか人間的な暖かみを感じるサウンドだったのはなぜか。それは、彼らのアルバムにもクレジットされていたように、コンピューターやシンセサイザーに安易に頼ることなく、全ての音源をトム自身が職人の如くひとつずつ丁寧に紡ぎ上げてきたからであろう。

特徴的なサウンドメイキングで装飾されているが、あくまでも核となるものは、ボストンならではの美しいメロディラインだった。それは、天から降り注ぐようなハイトーンヴォイスや幾重にも重ねられた美しいコーラスワークと、口ずさめるほどに覚えやすい美しいギターハーモニーにより巧みに表現され、聴く者を夢見心地へと誘ってくれた。

ボストンが8年の沈黙を破ってリリースした「サード・ステージ」


70年代にロックの未来像を示してくれたボストンが、80年代にどんな音を聴かせてくれるのか。彼らのサウンドに魅了された僕たちが待ち侘びる中で、いつしか時間だけが過ぎ去っていった。その間に遂に新作が完成するのでは? という希望的観測が何度も飛び出しては否定された。移り変わりの早いシーンだけに、結局いつしか、ボストンの名前は記憶の片隅に追いやられてしまった。

気がつけば80年代も後半にさしかかった1986年、前作から待ち続けること実に8年間、遂にボストンが4枚目のアルバムをリリースすることがアナウンスされた。

本当に今度こそ新しい音源が届くのか、半信半疑の中、緊張しながら聴いたのがリードトラックの「アマンダ」だった。アコースティックなイントロに続く、温かみのある美しいメロディとお馴染みのサウンドメイキング。そこには、何から何まで “ボストンらしさ” に溢れていた。

けれども、80sの音楽を時代の真っ只中で浴びていた耳には何かもの足りなかった。当時のデジタルで創られたサウンドに比べて音圧レベルも低く、耳をまったく刺激してこない。悪く言えば正直 “古臭い” 音にさえ感じてしまった自分がいた。

彼らが沈黙を守った8年間で、音楽制作にまつわる環境は大きく変わってしまっていたのだ。

アナログからデジタルへ、時代はボストンを追い越していた


ちょうど、時代がアナログからデジタルへの大転換を迎えていた事実が大きい。スタジオのコンソールをはじめとした機材や楽器関連の機材は、一気にデジタル化に向かい、かつてトムが何年にも渡り丁寧に多重録音で紡いだ音も、テクノロジーを使えばもっと容易に創り上げることが可能になっていた。

ボストンが『サード・ステージ』に収められた10曲(イントロ的なものも含まれるので実際はもっと少ない)36分に8年間もの歳月をかけた間に、時代はいつの間にか彼らを追い越してしまった。70年代に先端を行くロックを提示してくれた彼らが、懐かしさや古さすら感じる存在になってしまうとは、なんて皮肉なことだろうか。

振り返ると、80年代にボストンが残したアルバムはたったこの1枚限り。セールス的には前2作には及ばなかったものの、相応の成功を収めた後、次作はまた8年後の1994年、さらに5作目も8年後の2002年と、まるで飛来する彗星の如く、長期に渡る定期的なスパンで作品を残し、時代に流されずに彼らは活動を続けた。

2007年にはヴォーカリストのブラッド・デルプを失う悲劇に見舞われるが、今度はさらに間隔の長い11年の期間を経て2013年にアルバムをリリース。世紀をまたいでもやはり何ひとつ変わらないサウンドに、あの1986年の時とはまた違う新鮮な驚きを覚えた。

丁寧に作られた温かみのあるハードロック「サード・ステージ」


2014年には実に35年ぶりに来日を果たし、僕も日本武道館での公演を観たが、音源同様に一切のブレのない世界観の中で完成度の高いライヴを披露し、ボストンのライヴを一生に一度は観たいという多くの人々の夢を遂に叶えてくれた。

ロックシーンでも時代は再び巡ってきて、デジタルの音に辟易した人々により、例えば近年アナログ盤が見直されるなど、揺り戻しともいえる現象が起こっている。それは大勢ではないし、時計の針があの時代に戻ることはもちろん無い。

けれども、今改めて『サード・ステージ』を聴くと、当時感じたネガティヴな古さを意外にも感じないのは不思議なことだ。むしろ、丁寧に創られたその温かみのあるハードロックと優しく美しい旋律がやけに尊く、心の底からホッとする。そこには今の音楽が失ってしまった何かが、確実に存在するからに違いない。


※2019年11月15日に掲載された記事をアップデート

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