9月25日

21才の中森明菜が歌う「Fin」頂点を極めた者にしか解らない孤独

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photo:Warner Music Japan  

描かれたのは大人の女の孤独、21歳の中森明菜が際立たせた“プロの凄み”


21才2ヶ月。中森明菜の(12インチ等を除くと)16枚目のシングル「Fin」発売当時の彼女の年齢だ。

この頃の彼女はというと、前年「ミ・アモーレ」で、山口百恵も松田聖子も成しえなかった日本レコード大賞受賞という偉業を達成し、日本の女性アイドルとしては誰も経験したことのない領域に入り始めた時期である。ちなみに、この1986年は、おニャン子クラブがヒットチャートを荒らしまくった一年でもあり、その現象も一層、中森明菜の “プロの凄み” を際立たせていた気がする。

YouTube等では、当時の歌番組での「Fin」の映像が色々上がっているが、コメント欄で一番多い書き込みが「21才には見えない」という内容だ。この時期の彼女は、もはや近寄りがたい程の風格を纏っているのだ。

もうひとつ「Fin」の動画コメントで多いのが「衣装のセンスが抜群」といった類の内容だ。目深な帽子にカーキ色のトレンチコートが特徴的なこの曲の衣装は、本人曰く、NYのダウンタウンのイメージ… とのこと。

確かに、私の中の「Fin」は、この衣装の記憶とワンセットである。が、逆に、曲の内容はというと、当時中学生だった男子にはなかなか難解な男女の機微が描かれており、歌詞の内容を真面目に覚えていなかった事を正直に白状したい(笑)。

そこで、今回改めて歌詞を読み直してみたが、なかなか深い。

タイトル「Fin」に込められた意味とは?


「愛していたい 愛されながら」という一節が登場する一方で、「Fin」という終末を意味するようなタイトルは、今思えば何かを暗示している気も… そして印象的なこのフレーズ。

 心の中の コートにかくす
 手でピストル真似て 涙をのむ

いつか2人の関係に終わりが訪れることを感じながらも、そういった不安を口に出すことは、大人の女としては野暮だから、できない。それでも、心の中では、引き金をひく振りをしながらグッと堪えている。―― そんなニュアンスがこの歌詞からは感じられる。この部分は、芸能界で孤高の存在となっていた当時の彼女にも重なってくる。

頂点を知った者には、その人間にしか解らない “孤独” があるだろう。彼女は1986年のこの時期、誰も知りえない孤独の2文字を、心の中のコートに隠して過ごしていたのだろうな… と、今になって思うのだ。

心のコートを脱いだ瞬間? ゆったり「Fin」を歌う素顔の明菜


そんな明菜さんも、ふと、心のコートを脱ぎ棄てて、素顔の表情を見せてくれることが稀にあった。それは『ザ・ベストテン』での中継出演だ。今思えば、彼女はスタジオ登場時と中継登場時での印象が随分違うアイドルだった。中継先では普段着で出てきて、歌唱もいつもの6割位の力加減で、ゆったり歌うことが多く、私は、そんな彼女の姿を見るのが大好きだった。

その中でも、一番印象に残っているのが、とある「Fin」の中継。それは、『新春かくし芸大会』の収録を終えたとんねるずと明菜さんが、フジテレビの受付ロビーから登場した回だ(1986年11月13日放送分。4位「人情岬」・3位「Fin」を続けてオンエア)。

ほぼすっぴんノーメイクで、コケティッシュな動物の付けっ鼻を着用し、休日のスウェットのようなラフな装いで登場した明菜さん。この日の中継では、Finの歌唱中にとんねるずがフレームインしてきたのだが、これが何とも微笑ましかった。ふざけているようで振付をしっかり覚えているタカさんとノリさんが可笑し過ぎたのか、終盤歌詞を間違えてしまう明菜さん。「間違えちゃった……(笑)。どうもすいません」と顔を覆う姿がめちゃくちゃ可愛かった!

衣装で世界観を表現した最後のアイドル中森明菜


ところで、今の芸能界は、SNSで“すっぴんノーメイク” を載せたがる女性タレントが多いが、それらに対してあまり有難みを感じないのは、私の感受性が老化して鈍ってきているからだろうか…。そういった最近のムーブメントと比べるのは変な話かもしれないが、80年代に見た、明菜さんの“すっぴん中継”は自分が思春期だったことを差し引いても、最近のそれらと比べて眼福さ加減が半端なかった。

その差は何なのか冷静に考えてみたが、やはり“楽曲毎の衣装のセンスが素晴らしかった” というのが、ひとつ大きな要因としてあると思う。スタジオ出演時の完成度の高い衣装を威風堂々と着こなす彼女と、中継でのすっぴん&普段着のギャップに萌えたのだ。

そういえば、以前、黒柳徹子さんが、80年代衣装と最近の衣装に関連して「テレビに出る人はもっと衣装を頑張ってほしい」と言っていたことがある。そう、彼女は、「DESIRE」をはじめ、曲ごとに異なる衣装で世界観を贅沢に表現した最後のアイドルだった。現代の、テレビの中も外も、規格大量生産品で占められた社会と比べ嘆いても仕方ないことだが、あの頃の明菜さんは存在自体がオートクチュールだったのだ。このようなアイドルはもう現れることはないのだろう。

私がブラウン管越しに見た、あの弾ける笑顔から30余年。―― 現在の明菜さんが、どこかで心のコートを脱ぎ棄てて、リラックスした笑顔で過ごされていることを願ってやまない。



2021.05.17
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カタリベ
1972年生まれ
古木秀典
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