3月21日

彼女はデリケート、佐野元春のビートが僕の未来を約束してくれた

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photo:SonyMusic  

かつてのウォークマンのキャッチコピーに「10代で口ずさんだ歌を、人は一生、口ずさむ」というものがありました。僕も例外なく最も多感な時期に出会った音楽を聞き続け、心は今も、初めて出会った頃のキラキラしたうねりの中にあります。

僕が14才の時に出会い、音楽の道しるべを作ってくれたアルバムと言えば、佐野元春の『SOMEDAY』。「シュガータイム」「ハッピーマン」「ダウンタウン・ボーイ」といったストレートなロックンロールに酔いしれ、彼の独特なイントネーションと早口で語りかけてくれる歌い方に、当時名画座で見て夢中になった映画『アメリカン・グラフィティ』に登場するDJ=ウルフマン・ジャックのような懐の深さを感じました。

それは、君にもロックンロールを分け与えてあげようという神様からの福音のように思えました。映画の中のウルフマンも元春も「じゃあ君はこれからどうするんだい」と新たな方向性を示唆しているようにも感じたのです。とにかく、これまで感じたことのなかった音楽の可能性を見出し、なにより夢中になった理由は彼の描く歌詞の世界観でした。

元春の描く世界は常に都市生活者の刹那と憂い、そんな心の奥底に潜む葛藤がテーマだと思うのですが、僕が最初にノックアウトされたのは、この『SOMEDAY』より少し前にリリースされた大滝詠一、杉真理との共作『ナイアガラトライアングルVol.2』のA面2曲目に収録されている「彼女はデリケート」。ここに収録されているバージョンにはイントロ前のモノローグがあります。


> 出発間際にヴェジタリアンの彼女は東京に残した恋人のことを思うわけだ。そう。空港ロビーのサンドウィッチスタンドで。でも彼女はデリケートな女だからコーヒーミルの湯気のせいでサンフランシスコにいくのをやめるかもしれないね。


この独特なモノローグ。そして、直後にエフェクトの効いた効果音と共に入ってくる強烈なドラムのビート。

当時14歳。ヴェジタリアンもコーヒーミルも何のことだかわかりませんでしたが、空港ロビー、サンフランシスコという単語と共に唸りをあげたロックンロールは、加速度を増して、僕を遠い世界に連れていってくれました。

「ここではない何処か」

そう。元春の描く歌詞には、『SOMEDAY』に収録されている「ロックンロール・ナイト」にもあるように、ぼくたちがたどり着きたい、そしてたどり着くはずの都市生活者の理想郷がおぼろげながらも14歳の僕にも感じ取ることができたのです。

なんの根拠もありませんが、元春のビートが僕の未来を約束してくれました。

この曲をきっかけにアルバム『SOMEDAY』にたどり着き、実生活との軋轢を感じながらも、ロックンロールという唯一無二の宝物を言葉で感じとる術を知ったのです。

82年当時、全国を席巻したフィフティーズ・ブームも相成り、巷にはロックンロールという言葉があふれかえっていました。

「ふられ気分でRock'n' Roll」「完全無欠のロックンローラー」などが大ヒット。良くも悪くもロックンロールのバーゲンセールのような印象でした。

しかし、元春の叫ぶロックンロールは違っていたのです。それは、作家の片岡義男氏が、アメリカにおいてのロックンロールの出現を時代背景に合わせ論理的に綴った名著『僕はプレスリーが大好き』の中にも記されています。


> ロックは基本的には、現実との対決だった。たとえば、夕食後の一時間をロックを聞いてすごすというような、そんな部分的に生やさしいことではなかった。ロックは生き方だった。


つまり、元春のロックンロールは、流行でも女のコにモテるための道具でもなく、フラストレーションのはけ口だけでもない。それは、14才の僕に生き方の選択をせまるような内的衝動だったのです。そしてこの内的衝動は、僕を初めてのライブ体験に向かわせたのでした。

場所は中野サンプラザ。

元春がニューヨークへ行く直前に行われた、ロックンロール・ナイト・ツアーの最終日です。(つづく)



著作引用:
僕はプレスリーが大好き / 片岡義男

歌詞引用:
彼女はデリケート / 佐野元春

2017.10.02
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カタリベ
1968年生まれ
本田隆
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