作品ごとに変貌と進化を遂げてきたチェッカーズ
『I HAVE A DREAM』―― キング牧師のあまりにも有名な言葉を冠したチェッカーズ9枚目のアルバムがリリースされたのは、1991年6月21日のことである。
デビュー以来、毎年1枚ずつスタジオアルバムを発表してきたチェッカーズだが、その音楽性は作品ごとに変貌と進化を遂げてきた。
前作『OOPS!』ではアレンジに打ち込みサウンドを取り入れ、バンドならではのグルーヴにこだわった音楽性を覆したことで作品自体の評価は割れたようだが、ファン離れのリスクを恐れない挑戦心はまさしくアーティスト精神そのもの。
つい数年前まで “アイドル” として一世を風靡していたグループが、人気を維持しつつカッコ良さにますます磨きをかけながら、これだけ先進的かつ個性的な作品をリリースし、商業的にもチャート上位を当たり前のように取ってしまうのだから、なるほど当時チェッカーズが無双状態を築けたのも大いに納得である。
“アルバムアーティスト” と呼ぶにふさわしい歩みを辿ってきたチェッカーズ
作詞:売野雅勇、作曲:芹澤廣明の黄金コンビでビッグヒットを連発していた初期から、惜しまれつつ解散した1992年まで定期的にシングルをリリースし続けてきたチェッカーズ。そのためシングル重視のグループと錯覚しがちだが、少なくともセルフプロデュースに舵を切った1986年以降は、“アルバムアーティスト” と呼ぶにふさわしい歩みを辿ってきた。
たとえば先述の『OOPS!』は直近で大ヒットを記録したシングル「夜明けのブレス」の収録を見送り、アルバムのコンセプトに合わせた書き下ろしだけで全12曲を構成するなどCDセールスよりもアルバムクオリティ重視のスタンスがよく表れている。こうした流れを経てリリースされたのが、やはり2枚の先行シングルがいずれも未収録という意欲作『I HAVE A DREAM』だった。
驚かされるのは、デビュー当初のやんちゃなイメージとはかけ離れた重厚かつ大人っぽいグルーブ感だ。「ギザギザハートの子守唄」での衝撃デビューから8年。人を成長させるには十分な年月ではあるが、それにしても演奏技術に加えてセンスや佇まいに至るまで、聴き比べても同じバンドとは思えない。
10年に満たない期間での大きな音楽性の変容は、出発点がアイドルという点においても彼らが敬愛するビートルズに近いものを感じる。
月9ドラマ「学校へ行こう!」の主題歌に使われた「How're you doing, Guys?」
アルバムは表題曲「I Have a Dream #1」で幕を開ける。アコースティックギターと藤井郁弥のボーカルだけで構成された静かなミディアムバラードだ。アルバムのラストには「I Have a Dream #2」と題し、同じ歌詞、同じメロディを全く異なるアレンジのバージョンが収録されている。
M-2「そのままで」はブルージーな気怠さを帯びた大人っぽい曲。楽器隊のなまめかしい演奏が6分半にわたり展開される。この時点で本作が、ポップスの一言では括りきれない “大人のアルバム” であることが決定的となる。
では初心者には取っ付きづらいマニアックな楽曲ばかりかと言えば、そうではない。たとえばM-3「Life Is Comedy-touch」は恋人との甘く幸せな日々を、文字通りコメディタッチの歌詞と、弾むようなリズムに乗せて歌った軽快なポップソングだし、M-6「How're you doing, Guys?」は、煮えきらない男の背中を「ぶちかませ」「あの娘は見ためほど 子猫じゃないはずさ」と、強烈にプッシュする16ビートのアップテンポJAZZナンバーに仕上がっている。
ちなみにこの曲はフジテレビ月9ドラマ『学校へ行こう!』の主題歌に使われたが、シングル化はされていない。当時としては非常にめずらしいケースだが、シングルに頼らずともアルバムトータルの作品性で勝負できるという、確固たる自信の表れともいえるだろう。
“大人のアルバム” の終盤を上品に彩る「You」
個人的に本作最大の名曲と推したいのがM-9「You」だ。過去「WANDERER」「Cherie」「夜明けのブレス」などシングルヒットを生み出した鶴久政治によるシンプルなラブバラードが、“大人のアルバム” の終盤を上品に彩る。
この曲を聴いていると、まるで夜空を浮遊しているような気分になる。そういえば本作のジャケットは、横一列に並んだメンバーが宙に浮かんでいるというもの。もしや本作のキーワードは “浮遊感” なのでは? と勘ぐりたくなるほど、しっとりしたサウンドが心地よく響く。
デビュー当時のアイドル的なイメージから考えてみると、ここまでメロウな音楽性に振り切った作品をチェッカーズがリリースしていたとは! 後追いで聴いた身としては意外性と共に新鮮さを感じさせてもらった。決して派手な作品ではないので、当時は物足りなさを覚えたファンも少なからずいたと聞く。だが、耳ごこちのいい上品な音をストイックに追求した本作は2023年の今でも色褪せないエターナルな魅力に満ちている。
落ち着いた秋の夜長にそっと目を閉じて聴くと、とてもしっくり来る。いわば “静かなる名盤”。そんな1枚である。
特集:THE CHECKERS 40th ANNIVERSARY
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2023.10.04