フランスでまたもやテロ事件が発生した。避暑でにぎわうニースで、花火が終わって帰る観客の列に大型トラックが突っ込み、蛇行しながら84人を殺害した。フランスで7月14日は革命記念日で祝日。毎年パリのシャンゼリゼ通りでは軍事パレードが行われ、夜には国中で花火があがる。そんな国民的お祭り気分の高揚を計算に入れた行為だ。オランド大統領はすぐさま「緊急事態宣言」の延長を表明し、テロ殲滅の国際連携を訴えた。
昨年の1月7日には風刺誌『シャルリ・エブド』の事務所が襲撃され、11月13日には「同時多発テロ」で130人が犠牲となった。ロックのコンサート会場バタクランでは89人が殺された。誰が敵かも、誰が狙われるかもわからない。フランス人はそんな不穏な状況に怯えうんざりし、かつ慣れ始めている。
Allons Enfants de la Patrie,
Le jour de gloire est arrivé.
Contre nous de la tyrannie
L'étandard sanglant est levé…
Aux armes, citoyens,…
さあ,愛するこの国の子どもたち
栄光の日がやってきた
僕らに対して,横暴な政治の
血まみれの旗が揚げられているよ…
武器を手にとろう,市民よ
フランスでは何かあると必ず「ラ・マルセイエズ」が持ち出される。1789年に始まったフランス革命の際、敵国オーストリアに対して国民軍を鼓舞するために書かれたこの曲は数年後には国歌となった。昨年のテロの直後に国会でこの歌を唱和した議員は、革命時とは異なる「血まみれの旗」を想い描いたに違いない。
1979年、セルジュ・ゲンズブールはジャマイカに渡航し、スライ&ロビーやリタ・マーリーをバックにこの詩の一部を取り込んだ「祖国の子供たちへ」を録音した。
神聖な国歌を汚しレゲエにして歌ったばかりか、「武器を手にとろう、市民よ」の箇所では「市民よ」を省略して「エトセトラ(などなど)」と挿入するなど冒瀆の極みと、まずはジャーナリストが騒ぎだし国粋主義者が同調した。サイン会は中止され、ストラスブールでもコンサートがキャンセルされたが、最前列を占拠する右翼とパラシュート部隊を前にゲンズブールは独り登壇し、腕を振り上げアカペラで「ラ・マルセイエズ」の原曲を熱唱した。
ロックは概してフレーズが覚え易くすぐに口ずさめ、その時の状況を自在に読み込める。実は国歌もそうだ。国歌で国民統合もできれば、個人が信念を仮託しても良い。ゲンズブールはそんな特徴を踏まえ、売り上げもそして挑発も最大限の効果を引き出してみせた。
国歌は自分たちのもの。と信じる国粋主義者の前で、国歌の替え歌をもう一度カバーしてみせたゲンズブールを見るたびにロックはつくづく政治的だと思う。それはロックが国歌のように戦争や愛国心と結びつくからというより、それを分かち合う人同士の緩やかな統合を、その場その状況でいわば自然発生的に創り出すからだ。
本サイトに掲載されたコラム、
■希望と栄光の国・イギリス、威風堂々どこまでも進み、祭りは続くのか?
■パティ・スミスの「People Have the Power」音楽が政治的で何が悪い
に触発され、今更ながらにロックの力を再認識したのだった。
2016.07.25
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