2023年 8月7日

THE プロデューサー【稲垣博司インタビュー】① 尾崎豊への思いとトップに必要な条件

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今年8月に刊行された「1990年のCBS・ソニー」


松田聖子、尾崎豊、X JAPANなど、時代を象徴するスターを次々と送り出してきたCBS・ソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)。その名門レーベルの軌跡をバックステージからの視点で詳述した書籍『1990年のCBS・ソニー』(エムディエヌコーポレーション)が今年8月に刊行された。著者は同社の新人開発部門(SD事業部)を立ち上げ、多くのアーティストの発掘・育成に関わってきた稲垣博司。ソニー・ミュージックの副社長を経て、ワーナーやエイベックスの経営にも携わった業界のレジェンドだ。時代の変革期=1990年を軸に、音楽ビジネスの変動や世界進出を目指したアーティストとの交流などを鮮やかな筆致で綴った稲垣へのスペシャルインタビュー。第1回は新刊執筆のきっかけとなった尾崎豊とのエピソードや、稲垣自身のアーティスト観を聞く。

多くのアーティストの発掘・育成に関わってきた稲垣博司


―― 稲垣さんの著書は『じたばたしても始まらない 人生51勝49敗の成功理論』(2013年 / 光文社)以来、10年ぶりです。まずは今回、『1990年のCBS・ソニー』を上梓された経緯からお聞かせください。

稲垣博司(以下、稲垣):実は出版のお話をいただいたとき、最初は尾崎豊をモデルにした小説を渡して「これを本にしてほしい」と言ったんです。自分の仕事や人生については10年前の本で振り返りましたから、今度は僕にとって50年に1度、あるかないかの出会いだったと思っている尾崎に関する本を出したいと。でも小説が売れない時代ということもあってか却下されましてね(苦笑)。それでテーマを変えて、僕が渡辺プロダクションにいた頃(1964年〜1970年)から考えていた「自社オーディションによる新人発掘」への想いと、それを形にしたソニーのSD事業(1978年にスタートした新人発掘・育成システム。SDは「Sound Development」の略)について書くことにしたわけです。

―― 日の目を見なかった小説の内容が気になります。

稲垣:尾崎本人はもちろん、レコード会社、プロダクションなど、彼に関わった人物を別名で登場させて、理想的な音楽を作るための取り組みや苦悩、尾崎を巡るそれぞれの立場での葛藤などを描きました。書籍にはなりませんでしたけれども、友人がやっている雑誌に掲載されるかもしれません。

生きていたら日本の若者音楽のシンボル的な存在になっていた尾崎豊


―― それは楽しみです。今回のご著書でもSDオーディションでの出会いから衝撃的な死まで、激動の日々がドキュメント風に綴られているほか、尾崎さんが自らプロデュースを依頼したという、川添象郎さんとの対談まで掲載されていて、彼に対する稲垣さんの想いの深さが伝わってきました。

稲垣:僕は彼のことを松任谷由実、矢沢永吉、中島みゆき、サザンオールスターズに続く5番目の椅子に座れる可能性があったアーティストだと思っています。この4組は尾崎が活躍した頃、すでに地位を確立していましたが、その後も第一線を走り続けて、今ではファン以外からもリスペクトされているでしょう? それは彼らが優れた詞と曲を書くシンガーソングライターだからです。ソニーはこれまで多くのヒットアーティストを送り出してきましたが、残念ながら彼らと並ぶカリスマにはならなかった。でも尾崎が生きていたら確実に時代を超えて尊敬されるような、日本の若者音楽のシンボル的な存在になっていたと思うんです。



―― 新著では尾崎さんの契約更改を巡って展開された、プロダクションとの生々しいやり取りまで掲載されていて驚きました。

稲垣:僕はもともとプロダクションにいた人間ですから、事務所の気持ちも分かるんです。忘れもしない、渡辺プロ時代に担当していたアーティストがデビューから3年経って、レコード会社との契約更改を迎えたときのことです。こちらの条件を少し有利にした案を作って渡辺晋さん(社長)のところに持って行ったら「もっとガンと上げなきゃダメだ」と発破をかけられましてね。「そんな急には……メーカーも頑張ってくれていますし」と答えたら「違う。最初の3年間はメーカーに儲けてもらう。でも3年経ったらこっちが儲けるんだよ」と。尾崎の事務所の社長はまさにこの考え方でした。

―― 日本の芸能ビジネスの先駆者となった渡辺晋さんの発想を受け継ぐタフ・ネゴシエーターだったわけですね。

稲垣:1975年にアーティストが主導してフォーライフ・レコードが設立されましたが、それを機にメーカーの原価率が業界に出回って、「メーカーは儲けすぎなんじゃないか」という疑念がプロダクション側に広がりました。その言い分も一理あるのですが、メーカーにしてみたら新人をどんどん出して会社を回していかないといけない。そのためには売れているアーティストで確保した利益を新人の発掘・育成に投下せざるを得ないのです。そのうち何割かは失敗するので、決して儲かっていないし、もちろん社員に還元しているわけでもない。とはいえ僕自身も何度となく、事務所の代表から「富の偏在ではないか」というクレームを受けました。

―― 両方の立場が分かる稲垣さんですから、対応に苦慮されたのではないでしょうか。

稲垣:「この厳しい条件をうちが飲めば、稲垣さんの給料は上がるの?」と言われたこともありました(苦笑)。CBS・ソニー(当時)という会社は契約にはシビアでね。米国CBSの契約条件をベースにしているので、他社より遙かに合理的なんです。歴史のあるビクターやコロムビアには、たとえヒットしなくても功労者のレコードは出さざるを得ない風土がありますけれど、ソニーにはそれがない(笑)。まずは目の前の売り上げを重視する会社なんです。

ソニーからユーミンやサザンのようなカリスマが出なかった理由とは?


―― ご著書は「これからは売れないと思う音楽も可能な限り提供するのがメーカーの責任」という言葉で締めくくられていましたが、これまでのソニーは売れる音楽を追求してきたからこそ「一強」とも言える体制を築いたとも言えそうです。

稲垣:直近の通期売り上げだと、ソニーが映像・アニメも含めて約3,500億円。2番手のエイベックスが 約1,200億円、3位のユニバーサルが800億円くらいで、ソニーのシェアは50%を超えています。僕がソニーの経営にいた90年代はどんなに頑張っても20%を超えることはなかった。歪な構造で、この状態が続くのは良くないと考えています。

―― そのソニーからユーミンやサザンのようなカリスマが出なかったのはなぜだとお考えですか。

稲垣:僕は1970年にソニーに入りましたが、当時の社長はクラシックに精通し、東京芸術大学の声楽科を卒業した大賀典雄さんでした。それもあって音楽文化に溢れた会社というイメージを持っていたのですが、実際は先ほどもお話しした通り、ヒット至上主義。それが懐の狭さとなって、業界を代表するようなアーティストが生まれなかったのでしょう。老舗のメーカーには緩いところがあって、「なんだかよく分からないけど、とりあえずマーケットに出しておこうや」という独特の文化がありますが、そこから思わぬヒットやスターが生まれたりする。そういういい加減さがソニーにはなかったのです。

―― とはいえ、新著の第1章で書かれた松田聖子さんに代表されるアイドルポップスという文化をリードしてきたのはソニーです。



稲垣:確かに国内契約第1号アーティストのフォーリーブス以来、南沙織、天地真理、郷ひろみ、山口百恵、キャンディーズなど、たくさんの人気アイドルを生み出してきました。でも当時は批判も多くて、「ソニー製品を売るみたいに、歌の下手なアイドルを強引に売っている」と言われていたのも事実です。そういえばこんなこともありました。日本レコード協会の副会長を務めていたとき、レコードのレンタルサービスが登場したので、国や自民党に「取り締まってほしい」と陳情に行ったんですね。僕は「このままレンタルが定着するとレコード店が潰れてしまう。それは音楽文化の普及を妨げることになる」と主張したのですが、文化庁のお偉いさんにこう言われたのです。「そうは言うけど、レコード会社は低級な流行歌ばかりを作って、文化的価値のあるものを出していないじゃないですか」と。

―― 流行歌も立派な大衆文化だと思うのですが、当時はそういう見方をされていたんですね。

稲垣:自分で「音楽文化」という言葉を使いながら、その意味をあまり深く考えていなかった僕は、そう言われて初めて数字とは違う、文化的な価値観を自分のなかに持たなくてはならないと思ったわけです。それは大袈裟に言えば、自分がなぜこの業界にいるのかというアイデンティティにも繋がりました。僕は学生時代にバンドをやっていたわけでもないし、もともとは新聞社志望。残念ながら就職できず、「どうしたものか」と思案しているときに目に入ったのが渡辺プロの会社案内でした。

―― ひょんなことから音楽業界に進まれたと。

稲垣:そうなんです。当時は小説家にも憧れていたので、芸能界なら書くネタに困らないかもしれないという程度の動機でした。だから必然的に入った業界ではなかったのです。それが文化庁の一件で、音楽文化のために何ができるかを考えるようになった。その結果、ちょっと気障な言い方になりますが、若者に対する健全娯楽の提供と、すでにスタートしていたSD事業、つまり若い才能を発掘し、育てることこそが自分の使命だと捉えるようになりました。

SD関連のオーディションを経て世に出た松田聖子、尾崎豊、X JAPAN


―― 今回の著書でフィーチャーされた3組のアーティスト(松田聖子、尾崎豊、X JAPAN)はいずれもSD関連のオーディションを経て世に出ています。三者三様の活動スタイルと個性を備えていますが、多くのアーティストを担当してきた稲垣さんからご覧になって、トップに立てる人の特徴や条件があればお聞かせください。

稲垣:野心の大きさは大事な要素です。あとは自分の考えをしっかりと持っていること。それがなければ長続きしません。ボーカリストに関して言えば声質とリズム感。基本的にはそれだけだと思います。経営者の視点で言わせていただくと、日常会話でも声のいい人は出世する傾向があります。会議の場では内容に関係なく、腰がしっかりしている声だと否応なく耳に残りますから。

―― イケボ、美声は最強ということですね(笑)。その点でも尾崎さんは光っていましたか。

稲垣:本にも書きましたが、ルックスの良さもさることながら、まず好感を抱いたのが、訛りのない標準語で歌っていることでした。それまでのニューミュージックやロックのシンガーは地方出身者が多くて微妙な訛りがあったのですが、東京出身の彼はピュアな声と綺麗な発音で、若者の苦悩や葛藤を溢れんばかりのエネルギーで歌っていた。これはいいなと思って本人と話をしたら、きちんとした言葉遣いの好青年でね。しかも矢沢永吉とは違ったタイプの野心も感じられたので、益々惚れ込みました。

―― 稲垣さんが考えるスターの条件をすべて備えていたと。それだけに26歳での悲報をすぐには受け止められなかったことが、著書からも伝わってきました。

稲垣:本当に惜しいことでした。今回、川添象郎さんと対談したんですけど、尾崎からプロデュースを依頼された彼が2年間は音楽活動を休ませて、その間に3本の主演映画を撮ろうとしていたことを初めて知りました。

―― 役者・尾崎豊、観てみたかったです。

稲垣:当時の尾崎はストックが出尽くした状況だったので、役者としての経験を積んで、いろんなことを吸収してから、また音楽活動を再開するというのは妙案だったと思います。川添さんは稀代のプロデューサーであると同時に不良の部分も持ち合わせている人だから、きっと面白い化学反応が起きたことでしょう。生きていれば5番目の椅子をキープしていたことは間違いないので、つくづく早逝が悔やまれます。


THE プロデューサー【稲垣博司インタビュー】② レコード会社の役割とこれからの音楽につづく


<稲垣博司プロフィール>



1941年、三重県生まれ。早稲田大学卒業後、1964年に渡辺プロダクションに入社。1970年にCBS・ソニーへ移り、代表取締役副社長、ソニー・マガジンズ(現・エムオン・エンタテインメント)代表取締役社長、SMEアクセル代表取締役社長など、ソニー・ミュージックグループの要職を歴任。1998年、ワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長に転じ、2004年にエイベックス(現・エイベックス・グループ・ホールディングス)特別顧問に就任。以後、エイベックス・マーケティング代表取締役会長を務める。現在もミラクル・バス アネックス主任研究員など複数の役職に就いている。

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