2023年 8月7日

THE プロデューサー【稲垣博司インタビュー】② レコード会社の役割とこれからの音楽

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THE プロデューサー【稲垣博司インタビュー】① 尾崎豊への思いとトップに必要な条件からのつづき

話題の新書『1990年のCBS・ソニー』を上梓した音楽業界のレジェンド・稲垣博司へのスペシャルインタビュー。第2回は新刊執筆の動機に始まり、レコード会社の果たすべき役割、さらに最近お気に入りのアーティストまで、縦横無尽に語ってもらう。

経営の視点で書かれた「1990年のCBS・ソニー」


―― 今回、稲垣さんが出版された『1990年のCBS・ソニー』は経営の視点で書かれているところが新鮮でした。

稲垣博司(以下、稲垣):音楽ビジネスについて当事者が書いた本はあまりないかもしれませんね。僕はステージに立つ人間ではないし、かと言ってユーザーでもない。両者を繋ぐバックステージの人間として何ができるかをずっと考えてきました。来年でミュージックマン生活60年となりますが、ここまで来られたことへの感謝を込めて、日本の音楽業界がさらに発展し、多くの才能が世界に進出するために必要だと思われることについても記しています。

―― 音楽業界に関する本は、制作のコンセプトや名曲誕生の背景について語られたものが多かったと思います。書き手は作家、ディレクター、プロデューサーが中心でした。

稲垣:誤解を恐れずに言うと、制作者というのは経営側から見ると、ほとんど誇大妄想狂なんです(笑)。でもそれくらいじゃないとヒットは出ない。バランス感覚がいい人は意外と苦戦したりするんですね。本にも書きましたが、僕はソニー最古参のアーティストの1人である浜田省吾からこう言われたことがあります。「稲垣さん、僕はソニーのディレクターを何人育てればいいですか?」。それはクレームではなく、「たまには自分のわがままも聞いてくださいよ」という意味でしたが、その言葉でハッと気づいたのです。

レコード会社のディレクターのなかには素人同然で入社して、たまたまヒットが出ると「あのアーティストは俺が育てた」と吹聴したり、自分からプロデューサーを名乗り始めたりする人間がいる。でも実際はアーティストに育ててもらっているのです。そのことを忘れてはなりません。

―― 成功したプロジェクトほど、仕掛人を自称する人が多く現れる傾向があります(笑)。

稲垣:特にハウスディレクター(レコード会社のディレクター)の場合、そうじゃないとやってられないのかもしれませんけどね。

日本初の印税ディレクター、名和治良さん


―― 近年は制作を外部に発注し、レコード会社の人間はA&R(主に企画立案、進行管理、宣伝戦略などを担当)としてプロジェクトに関わるケースが多いようです。渡辺プロのマネージャーからキャリアをスタートさせて、レコード会社の宣伝、新人開発、制作、経営に携わってきた稲垣さんは今まで多くのハウスディレクターと仕事をされてきたと思いますが、特筆すべき方がいれば挙げていただけますでしょうか。



稲垣:渡辺プロ時代に接して「この人はすごい」と思ったのが東芝の名和治良さんです。当時の僕は西夏絵という歌手を担当していたのですが、ディレクターが名和さんでね。すでに越路吹雪、加山雄三、水原弘でヒットをたくさん出されていて、レコード会社の社員でありながら印税もとっていたんです。

―― それはすごい!

稲垣:おそらく日本初の印税ディレクターでしょう。後年、独立されて音楽出版社の代表を務めますが、その一方「三佳令二」のペンネームで作詞家としても活躍されました。チョー・ヨンピルが歌った「釜山港へ帰れ」の日本語詞も名和さんの手によるものです。僕にとってのディレクターの原点が名和さんで、今も尊敬しています。ヒットメーカーとしては、やはり東芝で活躍された草野浩二さん、フォノグラムの本城和治さん、ソニーでは酒井政利さんも素晴らしい実績を上げたレジェンドだと思いますね。

―― 一昨年お亡くなりになった酒井さんは生前、自身の仕事に関する本を何冊もお出しになりました。ソニーでいえば松田聖子さんを担当した若松宗雄さんも昨年、『松田聖子の誕生』という本を出版されています。

稲垣:「関係者がやたらと本を出すのはソニーだけだ」と言われたことがありますが(笑)、『1990年のCBS・ソニー』は制作者の立場で書かれた酒井さんや若松さんの本とは違って、レーベル全体を俯瞰しています。新人発掘からプロモーションまで、プロジェクトには多くのスタッフが関わっていますから、そのことについてもこの機会にお伝えしておきたいと思ったわけです。

EPIC・ソニーの兄貴分CBS・ソニーについてまとめたものがこれまでなかった


―― スターやヒット曲はディレクターだけでなく、営業や宣伝も含めたチームの力で生まれるものだということですね。

稲垣:これまでEPIC・ソニーをテーマにした本は出ているのに、兄貴分のCBS・ソニーについてまとめたものがないというのも執筆の動機となりました。書き手としてはレーベルの礎を築いた小澤敏雄さん(CBS・ソニー社長、ソニー・ミュージックエンタテインメント社長を歴任。2020年没)や松尾修吾さん(SME社長、会長を歴任。2019年没)がふさわしいのですが、お二人ともお亡くなりになって、SD事業(1978年にスタートした新人発掘・育成システム)の立ち上げなど、当時のことを知る人間が僕だけになってしまったことも背景にありました。

―― レコード会社の各部門で仕事をされてきた稲垣さんですが、ヒット曲づくりにおいて営業や宣伝の力が占める割合はどれくらいか、経験則のようなものはありますか。

稲垣:それは時代や会社によりけりだと思いますね。たとえば老舗に関して言うと、かつては営業の力が強かった。レコード店からヒットが出る時代で、発売するかどうかや、イニシャル(新譜の初回出荷数)まで営業が決めていました。当時はレコード店がメディアとして機能していて、そこでたくさん扱ってもらうことがヒットに繋がったので、営業の発言権が大きかったのです。

それが70年代に入って音楽祭が盛んになってくると宣伝が力をつけ始めた。賞を獲ることがセールスに直結したからです。『ザ・ベストテン』(TBS系)や『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)など、注目度の高い音楽番組に出演したときも、翌日に大量のバックオーダーが入りました。マスメディアで取り上げてもらうことがヒットの条件となり、勢い宣伝の重要性が増したわけです。ソニーに関しては新しい会社ということもあって、もともと宣伝の力が強かったと思います。オフィスは宣伝セクションの右手に制作、左手に営業という配置で、他部門とうまく連携できていたことも大きかったかもしれません。

今世に出ている楽曲は詞も曲も水準以上のものが多い。でも…


―― 最近はいかがでしょう。

稲垣:今のヒットはタイアップ次第ですから、宣伝はますます重要ですね。アニメでも、ゲームでも、ドラマでも、楽曲が上手くハマるタイアップが取れれば露出量が確保できる。そうすれば一定以上の結果が見込めるのです。これは私見ですが、今世に出ている楽曲は詞も曲も水準以上のものが多い。でも露出の場がないから埋もれてしまうのです。シンガーソングライターの場合、ネットで公開するくらいしか手段がないじゃないですか。



―― 今は個人で作品を発信できる時代ですが、広く知ってもらうにはメディアでの露出が必要です。個人の力ではタイアップを取ることは不可能ですし、媒体の枠を確保することも至難の業ですから、そこがメーカーの腕の見せどころかもしれません。

稲垣:その通りです。もちろんネットでバズることもあるでしょうが、浜の真砂のうち脚光を浴びるのはごくわずか。いい楽曲を取り上げて、それをヒットに結びつけるのはメーカーの宣伝力だと思います。

―― タイアップに関して言うと、かつてはCMやドラマ主題歌が王道でしたが、最近はアニメの一人勝ちという印象があります。

稲垣:音楽が世界に出ていく時代であることを考えると、アニメは重要なタイアップ先です。日本独自のオリジナリティを持つコンテンツとして海外でも人気を集めていますからね。最近は何事もアニメが中心、そこに音楽やゲーム、実写化作品などがついてくる。そういう時代になっています。

―― 今のお話から、稲垣さんがエンタメ界の動向にアンテナを立てて、日本の音楽業界がどのように進めばいいかを考えておられることがよく分かりました。そんな稲垣さんが最近「いいな」と思うアーティストはいますでしょうか。

稲垣:新しいアーティストをどこまでキャッチアップできているか分かりませんが、シンガーソングライターではあいみょんです。僕は彼女のある曲のメロディに島倉千代子を感じたことがあるのですが、そういったところも上の世代からも支持されている理由の1つではないかと思っています。ボーカリストとしてはHYの仲宗根泉さん、詞に関してはback numberが好きですね。彼らの詞はちょっといやらしいんだけど、だからこそ女心を鷲掴みにするのがよく分かる(笑)。あとスピッツの高度な詞にも毎回驚かされます。

渡辺プロが始めた日本独自のシステムとは?


―― ここからはアーティストのマネジメントに関するお話を伺います。前回、所属アーティストの契約を巡って、プロダクションとレコード会社の間で丁々発止のやり取りがあったことが明かされました。

稲垣:プロダクションがタレントのマネジメントをすべて取り仕切るシステムは渡辺プロが始めた日本独自のもの。米国の場合はエージェント制で、ビッグアーティストは弁護士とツアーマネージャーとパブリシスト(宣伝担当)を雇います。新人でお金がないときはレコード会社がアドバンス(前払い金)を渡して、売れたら少しずつ返してもらう。これは米CBSの社長から聞いた話ですが、マライア・キャリーが売れ始めたときに建てた豪邸の費用はCBSのアドバンスだったそうです。だから米国ではレコード会社の力が強い。日本ではそういうことをしませんし、渡辺プロ以来、プロダクションが発達してきた歴史がありますから、レコード会社のポジションが相対的に低いとも言えます。

―― あまたの人気タレントを抱えて一時は「帝国」とまで言われた渡辺プロですが、彼らが築いた芸能事務所のビジネスモデルが業界標準になっていると。

稲垣:マネジメントだけでなく、映画やテレビ番組の制作、音楽出版、海外アーティストの招聘など、今の芸能プロダクションが手がけていることのすべては渡辺プロからスタートしています。芸能界の近代化を推し進めた渡辺晋さん(渡辺プロ創業者)の手腕ですね。

―― 近年は吉本興業に続いて、ジャニーズ事務所(10月17日に社名変更予定)がエージェント制への移行を打ち出すなど、業界の仕組みに変化が起きつつあるようにも感じられます。

稲垣:実は現在、大手芸能事務所で歌に力を入れているところは少ないのです。所属タレントの多くは役者か芸人。歌は儲からないみたいで、やりたがらない。

―― ソニーとエイベックスには系列の芸能事務所がありますね。

稲垣:レコード会社系プロダクションのいちばんの強みは明朗会計であることです。全部オープンにしているのでアーティストから疑念を持たれない。売れっ子になっても移籍する人が少ないのは、その現われでしょう。今後、歌手のマネジメントはレコード会社系の事務所か、韓国のようにプロダクションとレコード会社が一緒になってやるようになっていくかもしれませんね。


THE プロデューサー【稲垣博司インタビュー】③ BTSの成功要因と次世代への熱きメッセージにつづく


<稲垣博司プロフィール>



1941年、三重県生まれ。早稲田大学卒業後、1964年に渡辺プロダクションに入社。1970年にCBS・ソニーへ移り、代表取締役副社長、ソニー・マガジンズ(現・エムオン・エンタテインメント)代表取締役社長、SMEアクセル代表取締役社長など、ソニー・ミュージックグループの要職を歴任。1998年、ワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長に転じ、2004年にエイベックス(現・エイベックス・グループ・ホールディングス)特別顧問に就任。以後、エイベックス・マーケティング代表取締役会長を務める。現在もミラクル・バス アネックス主任研究員など複数の役職に就いている。

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