奇跡的フレーズ「もし俺がヒーローだったら 悲しみを近づけやしないのに」
今回、そして次回は、中村あゆみの85年のヒット曲=『翼の折れたエンジェル』の「♪ もし俺がヒーローだったら 悲しみを近づけやしないのに」のパートが、いかに奇跡的だったかという話をしたいと思います。
38万枚も売り上げた最も大きな要因の1つが、このフレーズの奇跡的な音楽性にあると思うからです。
そもそも、音楽性以前に、この「♪ もし俺がヒーローだったら 悲しみを近づけやしないのに」という歌詞がいいですね。「俺がヒーローだったら」という仮定も面白いし、「悲しみ」を「近づけ」という動詞の使い方も斬新。このパートの奇跡については、まず、この歌詞のインパクトが前提にあります。
次回はコード進行に話を広げますが。今回はまず、このフレーズのメロディラインの話をします。注目したいのはメロディの「跳躍」です。
メロディの跳躍! サザン、ちあきなおみ、ユーミン、オフコース…
同じく85年のヒット曲に、サザンオールスターズの『メロディ(Melody)』があります。あの曲を最初に聴いたときの衝撃は忘れられません。
歌い出し=「♪ 君が涙を止めない Oh My Hot」の「Oh My Hot」のところで、メロディが上にぴょんと跳ぶ。文字で書けば、「♪ 君が涙を止めない Oh ↑My Hot」という感じになる。あそこにとても驚きました。
しかし、あの跳躍は、音楽的に言えば5度(ド→ソ。「●度」の数字が高いほうが跳び幅が高い)で、実はそれほど跳んでいるわけではありません。世の中には、メロディがもっと高く跳ぶ歌がたくさんあります。
古いところでは、72年レコード大賞に輝く、ちあきなおみの大名曲、おそらくは日本歌謡史の中の最高傑作=『喝采』の、「♪ いつものようにま↑くーがあーきー」の「↑」のところの跳躍は、5度を超えた8度=つまり、1オクターブも跳んでいます。図にするとこんな感じです。
図1:ちあきなおみ『喝采』
また、歌い出しからいきなり1オクターブ跳ぶ曲も、いくつかあります。
荒井由実『やさしさに包まれたなら』の「♪ ち↑いさいころーはー」や、オフコース『生まれ来る子供たちのために』の「♪ お↑おくのあやまちをー」も、そのいきなりの「オクターブ跳び」によって、歌い出しから聴き手のハートをぐっとつかみます。
図2:荒井由実『やさしさに包まれたなら』
図3:オフコース『生まれ来る子供たちのために』
メロディのV字回復、そしてさらなる秘密は<哀愁のソ#>
さて、『翼の折れたエンジェル』です。これは何といっても「♪ もしおれ↑がヒーローだったら」の7度の跳躍が決まっています。
その直前に6度の下降があってからの「V字回復」のかたちになっていることに加え、このパートは、音程自体がすごく高いので(「♪ もしおれが」の「もし」と「が」が上のC#の音)、いよいよ跳躍のインパクトが高まります。
さらにはその後、「♪ ヒーローだったら」の「だっ」が、先に書いた記事=「尾崎豊をスターダムに押し上げた『卒業』、その秘密は<哀愁のソ#>」の記事で取り上げた「哀愁のソ#」の音になっていて、ダメ押しの形になるのです。
図4:中村あゆみ『翼の折れたエンジェル』
つまりこの曲は、「♪ もし俺がヒーローだったら 悲しみを近づけやしないのに」という「V字回復」「跳躍」「哀愁のソ#」のメロディラインによって、大衆の心をわしづかみにしたのです。
そしてさらに、このフレーズの奇跡的音楽性を高めたものがあります。それはこの部分のコード進行が、「後ろ髪コード進行」だったことなのです。
『中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」が持つ奇跡的フレーズの音楽性 ②』につづく
※2017年6月24日に掲載された記事をアップデート
2020.06.28