EPICソニー名曲列伝 vol.12
LOOK『シャイニン・オン 君が哀しい』
作詞:千沢仁
作曲:千沢仁
編曲:LOOK
発売:1985年4月21日
「ワン・ヒット・ワンダー」という言葉がある。日本語で俗に「一発屋」と呼ばれる音楽家のことなのだが、英語・日本語、いずれにしても、少々侮蔑的な意味が込められているようだ。
しかし「ワン・ヒット・ワンダー」は、本当に蔑むべき対象なのだろうか。今回のこの曲を歌った LOOK も、EPICソニー史上屈指の「ワン・ヒット・ワンダー」になると思うが、それでも、この奇跡が重ねられた名曲を聴く限り、侮蔑どころか、EPICソニーが、ひいては日本のポップス史が、心から誇るべき「ワン・ヒット・ワンダー」だと思うのだ。
大学浪人時代に入った私が、彼らの存在を確かめたのは、例によって、神戸サンテレビでネットされていたテレビ神奈川『ミュージックトマト JAPAN』である。やたらと派手派手しい映像のプロモーションビデオ(PV)に乗って、やたらとしっとりとしたバラードが流れる。
映像と音のチグハグさが強烈だった。そしてこのような曲調でも、バラードの PV にありがちな、例えば、スナックのカウンターで泣き崩れる女性が出てくるなどの演歌的な映像に仕立てないのが、EPICソニーらしさなのだが。
しかし、この曲を私が認めるのは、やはり音そのものによってである。「ワン・ヒット・ワンダー」やら何やらという先入見を捨てて、改めて聴いてみてほしい。鈴木トオルのハイトーン&ハスキーボーカル、流麗なメロディ、技巧的なコード進行に圧倒されるはずだ。
「♪ 君の微笑み So Cry」のところで、鈴木トオルの超絶ハイトーンと、サックスが見事なピッチ(音程)のユニゾンで重なるあたりなど、何度聴いてもゾクゾクする。
そんな、この名曲の制作過程には、3つもの奇跡が詰め込まれていた。
(1)この曲は、LOOK のメンバーである千沢仁(ピアノ)が、生まれて初めて書いた曲である。
(2)その千沢仁はこの曲を書いたとき、コードネームを知らず、五線譜も読めなかった。
(3)当初、リードボーカルも千沢仁が担当することになっていたのだが、レコーディングの場で急遽、鈴木トオルに代わった。
「こんな不思議な出来事があっていいものかと思う」というのはキャンディーズのヒット曲『夏が来た!』と歌詞だが、そう思えるくらい、この曲の制作過程は奇跡に溢れている。
そもそも、コードネームを知らなくて、こんな曲が書けるなんて、何というビキナーズラックだろうか。また、リードボーカルの代打・鈴木トオルによって、この曲の魅力が数倍に膨れ上がったということに、異論を挟む向きも少ないだろう。
実は私は、この曲に続くシングルであるビリー・ジョエル風『Hello Hello』も、同じく『ミュージックトマトJAPAN』で見て気に入っていた(余談ながら『シャイニン・オン 君が哀しい』の歌詞にもビリー・ジョエルが出て来る)。ただし『シャイニン・オン』が20.2万枚で、『Hello Hello』が3.4万枚だから、奇跡はそうそう起きるものではないのだろう。
最後に。鈴木トオルへのインタビューが掲載されている谷口由記『A面に恋をして』(リットーミュージック)に、この曲に関する、味わい深いエピソードが書かれているのでご紹介したい。多くの「ワン・ヒット・ワンダー」同様、鈴木トオルも、この曲を歌うことに気が乗らなかった時期があったという。しかし――
――でもある日、小さな会場でね。レストランでのディナー&ライヴで、各テーブルで食事が終わったあとに僕が歌うというライヴで、客席の間をぬって歩いていったらさ、僕の死んだ父親と同じくらいの年齢のお父さんがいてね。僕に「今日、〈シャイニン・オン~〉歌わなかったね」ってすごく寂しそうに言ったの。その顔がね、もう、今でも忘れられない。そのとき、自分がすっごく悪いことをしたなって。このお父さんは、その1曲を聴くために、ここに来てくれたんだと。
さらに、その「僕の死んだ父親」についての強烈なエピソードも語られている。
―― しかもね、ウチの父親は耳が聞こえない人だったの。そんな父親がさ、デビューして、「シャイニン・オン~」がヒットして、地元でコンサートがあってさ、耳が聞こえないのに会場に来ていたんだよね。で、終わったあとに―― 「シャイニン・オン~」って言えないんだけど―― 「シャニオンって曲はいい曲だね」って言ったことがあるの。
鈴木トオルは、そんな自身の父親と、「今日、〈シャイニン・オン~〉歌わなかったね」と寂しそうに言ったお客さんの姿がダブったのだという。
これらのエピソードを読んで私が思うのは、それを聴くためにわざわざ足を運ぶ1曲、そして、耳が不自由な人の心にも届く1曲があることが、音楽家として、何と幸福なことだろうということだ。
音楽家には2つに分けられる。そんな輝き続ける(=シャイニン・オン)1曲を持つ音楽家と、持たない音楽家だ。
「ワン・ヒット・ワンダー」―― そう考えると、この言葉を蔑む理由など、どこにも無いのだ。
「ワンダー(wonder)」という言葉には「奇跡」という意味がある。輝き続ける1曲に巡り会えた鈴木トオルは幸福な音楽家だと思う。そして鈴木がさらに幸福なのは、その1曲が、3つもの奇跡によって出来ていたということだ。
2019.08.24
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