渡辺美里×小室哲哉の冬ソング「悲しいね」
気持ちが落ち込んでいる時、無性に聴きたくなる曲が、きっと誰の心の中にもあるだろう。私にとって渡辺美里の「悲しいね」がそれだ。
1987年12月9日にリリースされた9枚目のシングル曲「悲しいね」は、当時、ベストテンにも6週連続ランクインした冬の名曲で、作曲は小室哲哉、作詞は渡辺自身が手掛けている。2人のタッグといえば一番に挙がるのは「My Revolution」だが、「悲しいね」の素晴らしさも、もっともっと語られてもいいはずだ。
これまでに小室哲哉がさまざまなアーティストに提供してきた楽曲には、「冬」をテーマにしたものが数多く存在する。例えばtrfの「寒い夜だから…」、globeの「DEPARTURES」、TM NETWORKも含めれば、数えきれない。その中でも「悲しいね」は、身も心もとにかく寒い… 体感最低温度ダントツ1位ではないかと、私はひそかに思っている。
“神イントロ” シンプルな鍵盤のメロディーで、ぐっと下がる体感温度
「この曲のイントロは神」とよく耳にする。シンプルすぎるほどシンプルな鍵盤のメロディー。そのフレーズだけで聴き手の目の前には、雪がチラチラと舞い始めるのだから、小室哲哉おそるべし。そこにコーラスが混ざり合うと、体感温度がぐっと下がる。冒頭からもう寒い…。
歌が始まると、たちまち物語の中に吸い込まれ、雪が舞う中、人込みの中を紛れて歩き出す私、遮断機の音が聴こえてきたり、気がつけば目の前には風に揺れる国道沿いの街路樹も見えてきたりする。目の前に情景が広がるというよりも、一瞬にしてこの曲の世界の中に飛ばされたような感覚に陥るから、これまたすごい。
こうした冬の情景描写に加えて、せつない心理描写がとても丁寧に描かれていることも、この曲が寒さを感じさせる理由のひとつだ。
白い雪 目の中におちてくる
君以外見えなくなる
雪の景色とともに主人公のひたむきさとせつなさがじーんと心に沁みてきて、サビへと続いてゆく。
悲しいね 悲しいね 悲しいね
愛することためらうなんて
この諦めにも似たやりきれなさと侘しさが、雪の寒さとともに心の奥まで寒さを伝えてくる。沁みる…本当に寒い…。
渡辺美里の作詞家としての才能
この曲はストレートに、恋愛もようととることもできれば、家族や友だちとの関係、人生ととることもできるだろう。個人的にはリリースされた当時から、恋愛ソングとして聴いたことはなかった気がする。
人のこころのあたたかさに
情けない程
ふれたいのは何故
というフレーズが、いつも心に深く突き刺さり、恋愛よりももっと広い意味での人と人との結びつきのように感じられてしまうからかもしれない。
愛する誰かとの関係がうまくいかなくて、疲れ果て夢さえ手放しそうになっていてるに、縋りたいのも、その傷を癒してくれるのも、また人で…。
そしてそれは、“そっと” でもなく、“ぎゅっと” でもなく、ただただ「情けない程 ふれたい」―― という、このパワーワードのすごさ。寒いなんてひと言も出てこないし、逆に「あたたかさ」という言葉しか出てこないというのに、ここで一気に主人公の心の寒さが頂点に達する言葉の妙。ついに寒さ、ここに極まれりといった感じだ。
当時、21歳の若さでこの歌詞を書きあげた渡辺美里の作詞家としての才能は、とてつもなくすごい。
圧倒的な歌唱力、繊細な表現力、説得力のある歌声こそ名曲たる理由
ベストテンに登場するたび喜んで一緒に唄っていた思春期の頃よりも、大人になって聴く「悲しいね」は、ぐっと歌詞の意味に深みが増して心に沁みる。
年齢を重ねるたびに、自分の力ではどうにもできないことに直面し、無力さを感じたり、自分の不甲斐なさに落ち込んだり、みじめでやりきれなくなったりすることが増えていく。そんな時「人の心のあたたかさに情けない程ふれたくなる」瞬間が、きっと誰にでもあるだろう。
けれど、そんな辛いときでも「悲しいね」の主人公は、私たちに語りかける。
一番の勇気はいつの日も
自分らしく素直に生きること
数々の名フレーズが並ぶ「悲しいね」。情感豊かに歌い上げる渡辺美里の圧倒的な歌唱力と、繊細な表現力、説得力のある歌声でなければ、きっとこの曲の世界は成立しなかっただろう。素晴らしい楽曲、秀逸な歌詞、圧倒的な歌声、すべて揃った「悲しいね」は、してしんしんとした寒さを伝える冬の名曲として、これからも色褪あせることなく語り継がれていくだろう。
2021.01.27