連載【ディスカバー日本映画・昭和の隠れた名作を再発見】vol.21-「竜二」映画公開8日後、33歳で逝った金子正次
1980年代を代表するやくざ映画の傑作『竜二』が、2026年にリメイクされた。オリジナルに思い入れのある身としては、リメイクと聞くと身構えてしまいがち。なので期待半分・不安半分で観てみたのだが、この新作『RYUJI 竜二』はなかなか面白い。そちらの解説は後にちょっとだけ触れるとして、昭和映画を語る本コラムとしては、1983年製作の『竜二』について話を進めたい。ちなみに、この『竜二』はリメイク版に合わせて、10月23日(金)より、レストア&リマスター版にて劇場公開される。
『竜二』は脚本・主演の金子正次抜きには決して語れない。劇場公開から8日後の1983年11月6日、彼は33歳の若さで、惜しまれつつ世を去った。世間的にはメジャーな役者とは言い難かったが、それでも映画が評判になっていたこともあり、スポーツ紙で大きく報じられた。当時、高校生だった筆者も新聞の記事で読み、こんなことが起こるのか…… と衝撃を受けた覚えがある。『燃えよドラゴン』が日本で初公開されたとき、主演のブルース・リーがすでにこの世にいないと知ったとき以来の悲しい衝撃だった。
妻子を捨て、歌舞伎町に戻っていく竜二
『竜二』が伝説的な作品となりえたのは、そんなバックボーンがあったからということは否定できない。しかし、もちろん作品としてのクオリティの高さもある。金子扮する主人公、竜二は新宿・歌舞伎町で幅を利かせているやくざ者。怒りっぽい性格はともかく、兄貴分の信頼は厚く、ふたりの舎弟にも慕われている。そんな彼の内面が、娘が生まれたことで変わり出す。ケンカにも金儲けにも熱くなれない。意を決した彼はカタギになり、妻子と2DKのアパートで暮らし始める。
酒屋の配達員としての給料は、やくざだった頃に比べたらわずかなもの。それでも親子3人のつつましい暮らしは幸せだった。しかし、覚せい剤に溺れて落ちぶれた、かつての兄弟分が金を無心しにきたことから、またも竜二の心は揺れ始める。その兄弟分は結局、シャブで命を落とした。かつての舎弟のひとりも、今や同じルートをたどろうとしている。イライラだけが募ったあげく、竜二は妻子を捨て、歌舞伎町に戻っていく。
弱い人間には弱い人間の居場所がある
イライラの正体は明白だ。金である。竜二自身は金への執着はほとんどないし、贅沢とも無縁だ。しかし、やくざの世界で縁のある者を救うには、まとまった金が要る。裏社会で生きていた頃の竜二は “やくざがバーゲンで物を買えるか!意地ってもんがねえのか‼” とのたまったと言われている。しかしカタギになると、そうはいかない。暮らしていくことに必死だ。かつての兄弟分に、もらったばかりの給料を渡せず、ポケットに入っているわずかな金しか出せなかった。そんなやるせなさを抱え、惣菜店の特売の列に並んでいる妻子を見たとき、何かが弾ける。かつて縁のあった者を助けるためには、カタギでは稼げないほどの金が要るのだ。
はっきり言ってしまえば、竜二は愚かだ。かつての舎弟のためとはいえ自堕落なやくざ者。そのために妻子を捨ててしまうのだから。しかし足を洗ったとはいえ、しがらみは消えないし、やくざとして生きてきた記憶も残る。かつて彼がいた場所、さらにいえば、いたかった場所に戻るのは必然だったのかもしれない。かつての舎弟のひとりが家に遊びに来たとき、妻は竜二が久しぶりにはつらつとしていたことを悟っていた。彼女には、竜二が輝く場所がどこなのかわかっていたのだ。だからこそ、切ない。映画の前半、足を洗おうか迷っている竜二に、先にカタギになった先輩はこう語る。“弱い人間だからな、俺たちは” ―― 弱い人間には弱い人間の居場所がある。
ショーケンこと萩原健一が歌う主題歌「ララバイ」
主題歌は萩原健一の「ララバイ」。1980年のアルバム『DONJUAN』に収められていた曲だが、これが本作のために書かれた曲なんじゃないかと思えるくらい、ハマっている。離れて暮らす子どもに向けた子守唄。ちなみに、劇中で竜二の幼い娘を演じているのは金子の実の娘。「♪元気でいるかい 友達いるかい」というフレーズは金子亡き後に聴くと、自然と泣けてくる。
金子正次の没後、彼の遺稿が次々と映画化され、こちらも好評を博した。『竜二』と同じ川島透が監督を務めた『チ・ン・ピ・ラ』(1984年)はコメディタッチのやくざ映画。陣内孝則が主演を務めた『ちょうちん』は、夜になると輝くやくざ者の刹那の生を悲哀とともに見つめた秀作だった。もしも存命だったら、脚本家としても活躍していたのではないだろうか? ついそんな想像もしてしまう。
金子正次が生きていたら、どんな物語を書いていたのだろうか?
さて、そんな金子の遺産ともいうべき2026年版『RYUJI 竜二』について。基本的には忠実なリメイクで、竜二が一度は離れた場所に戻るという流れは変わっていない。一方で、アップデートされている部分も少なくない。時代背景は平成初期に置かれ、斬った張ったの昭和のやくざ像からも距離を置いている。細かい違いは観ていただくとして、ひとつだけ挙げるとすれば、オリジナル版『竜二』の肝であった金の要素は削られている。これも、やくざのメンツ=金であった昭和からの変化なのか。それがないとしても、竜二の決断に説得力が宿っているのは言っておきたい。
思えば、『竜二』が作られた1983年は、その後のバブル景気へと向かっていく時期。日本では中流意識が広く共有されていた時代でもあった。あれから40年以上が過ぎ、バブル崩壊後は “失われた30年” と言われるほど経済は低迷した。中流は崩壊し、貧富の格差がどんどん開き続けている。ずいぶんと遠くに来た今の日本で、金子正次が生きていたら、どんな物語を書いていたのだろうか?
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2026.10.25