5月2日

ジョディ・ワトリー、来るべき R&B ブームの先陣を切ったポップアイコン

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ジョディー・ワトリーのシングル「ルッキング・フォー・ア・ニュー・ラヴ」がビルボードHOT100で最高位(2位)を記録した日
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共有感満載の80年代洋楽ヒット!ビルボード最高位2位の妙味 vol.67
Looking For A New Love / Jody Watley

世界的に勃発した一大ダンスミュージック・ブーム


1990年前後、日本は空前のバブル期に突入していたころ、世界の大衆音楽マーケットでは史上何度目かの “一大ダンスミュージック・ブーム” が勃発していた。

80年代中盤から後半にかけて誕生した、新たなダンスミュージックの形態―― ハウスミュージック、ニュー・ジャック・スウィング、ヒップホップ、イタロハウス… これらが混然一体となって形成されたダンスミュージック・ブームは、例えば C+C ミュージック・ファクトリー「エヴリバディ・ダンス・ナウ!(Gonna Make You Sweat)」(91年1位)、ヘヴィD&ザ・ボーイズ「ナウ・ザット・ウィ・ファウンド・ラヴ」(91年11位)、MCハマー「ユー・キャント・タッチ・ディス」(90年8位)といった、日本の地上波テレビでも耳なじみとなった楽曲たちが、象徴的な作品として思い出されるだろう。

マドンナからジャネット・ジャクソン、そしてジョディ・ワトリー


この “一大ダンスミュージック・ブーム” を形成したファクターのひとつとして、80年代を俯瞰してみた場合、マドンナのブレイク(84年~)からジャネット・ジャクソンのブレイク(86年~)を大きな流れとした “R&B 基盤のアイドル的なダンサブル女性シンガー” の潮流を挙げないわけにはいかない。

これをさらに細かく俯瞰視すれば、マドンナ&ジャネットという2大ダンスアイコンと、80年代終盤に出現した多くのフォロワーシンガーたちの間に、ジョディ・ワトリーといういわば橋渡し的役割を担った女性シンガーが存在したことに気付かされる。そのジョディ・ワトリーが残した金字塔こそが、80年代65番目に誕生したナンバー2ソング「ルッキング・フォー・ア・ニュー・ラヴ」(87年5月4週2位)だ。

80年代のダンスクラシックス~日本のサーファーディスコで人気を博した「涙のリメンバー(A Night To Remember)」(82年)や『フットルース』のサントラからのヒット「ダンシン・イン・ザ・シーツ」(84年)等で知られるシャラマーのリード女シンガーだったジョディ・ワトリー。この見目麗しきジョディ(ダンスアイコンとしては、この妖艶な美しさは、結構キモだったり!)が鳴り物入りでソロデビューシングルとしてリリースしたのが「ルッキング・フォー・ア・ニュー・ラヴ」だ!

来るべき R&B ブームの先陣を切った女性ポップアイコン


マドンナに続いてジャネット・ジャクソンが大ブレイクを果たしたのが86年、その翌87年1月にジョディのシングルはヒットチャートに初登場している。要は “ダンスミュージックに特化した R&B 基盤のアイドル的女性ポップアイコン”、もっと平たく言えば “ジャネット・フォロワー” の先陣を切ったのがジョディだったのだ。事実「ルッキング・フォー・ア・ニュー・ラヴ」の大ヒット後、堰を切ったようにこの手の女性シンガーがヒットソングを送り出してくる。以下、その一例を挙げてみよう。

■ テイラー・デイン / テル・イット・トゥ・マイ・ハート(87年10月)
■ ぺブルス / ガール・フレンド(87年11月)
■ ポーラ・アブドゥル / あいつにノック・アウト(Knocked Out)(88年5月)
■ キャリン・ホワイト / ザ・ウェイ・ユー・ラヴ・ミー(88年8月)
  ※それぞれの年月はヒットチャート初登場時

ジョディ・ワトリーのヒットが… というか彼女の出現が、“R&B 基盤のアイドル的なダンサブル女性シンガー”ムーヴメントの後押しをしながらすそ野を広げていたのは明白であろう。

ニュー・ジャック・スウィングとは違う独自の跳ねるビート


サウンド面でも、キース・スウェットのブレイク直前ながら R&B 基盤のダンスミュージックが “跳ねるビート” ニュー・ジャック・スウィング(NJS)に向かっていく中(88年春ガイの出現が決定打)、テディ・ライリー(キース、ガイ等)やジャム&ルイス(ジャネット等)とベクトルは同方向ながら NJS とは一線を画した独自の “跳ねるビート” を体現したサウンドプロデューサー、アンドレ・シモーネの功績は非常に大きい。

「ルッキング・フォー・ア・ニュー・ラヴ」は、ある意味 心技体(タイミング / 容姿 / サウンド)が見事時代に合致したからこその、奇跡的なヒットソングでもあったのだ。

そしてジョディは当該曲以降もヒットを連発していたこともあり、思った以上にその後の新進女性シンガーにとっての精神的支柱になっていたのではないだろうか。そう思わせるほどに、彼女のヒット規模と独特な存在感は、実に大きかった。


※ KARL南澤の連載「共有感満載の80年代洋楽ヒット!ビルボード最高位2位の妙味」
ジャンル、洋邦、老若男女を問わないヒットソングにある ‟共有感”。米ビルボードのチャートがほぼそのまま日本における洋楽ヒットだった80年代。ナンバーワンヒットにも負けず劣らずの魅力と共有感が満載の時代に生まれたビルボードHOT100 2位ソングを紐解く大好評連載。

■ イマジンにも匹敵!クラウデッド・ハウスが80年代に刻んだ永遠のナンバー
■ ジャム&ルイスで大当たり!ジャネット・ジャクソンのスターダム街道
■ リンダ・ロンシュタット&ジェイムス・イングラム「アメリカ物語」
etc…

2019.12.27
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  YouTube / Jody Watley
 

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