ほぼ同時進行「ナイアガラ・トライアングル Vol.2」と「SOMEDAY」
大滝詠一、佐野元春、杉真理による『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』の制作が決まった時、すでに佐野元春の3枚目のアルバム『SOMEDAY』のレコーディングは始まっていた。
なので『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』と『SOMEDAY』の両アルバムの制作に関わっていた僕には、まるで2枚組のアルバムを作っているような気分でいたものだ。この2枚のアルバムは、かつて新宿御苑近くにあったテイクワン・スタジオを中心に録音されたもので、さらにこの時期、銀次自身のひさびさのアルバム『BABY BLUE』、沢田研二さんのアルバム『WONDERFUL TIME』も同じくテイクワン・スタジオで録音していたので、佐野君とのツアー以外はほとんどテイクワンにいることになった。
いやはや、今思えばとんでもなく忙しかったけれど、若かったこともあってとても充実した日々だったね。
佐野君もツアーの合間も休まずスタジオに入って精力的にレコーディングの日々。決して「疲れた」とかの弱音をはかないで2枚のアルバム作りをまっしぐらにやりとおしたのには敬服したよ。
師匠に譲った「彼女はデリケート」と「マンハッタンブリッヂにたたずんで」
僕たちは2人ともノリに乗っていた時期だったから、ほとんどトラブルなしに作業が進んでいたんだけど、ちょっと “やっかいな出来事” がおこったのだ。それはすでにアルバム『SOMEDAY』に収録するために録音した「彼女はデリケート」と「マンハッタンブリッヂにたたずんで」の2曲を、大滝プロデューサーが『トライアングル Vol.2』に入れたいと言い出したのだ。
野球に例えると、アルバムタイトル曲の「SOMEDAY」が4番で、この2曲は3番、5番といってもいいクリーンアップ・トリオの2曲。
大滝さんの目利きはさすがだなと感心したけれど、『SOMEDAY』制作に関わっていた僕としては、この2曲をとられるのはイタイところだった。
だけどここで大滝さんと揉めると、歴史に残るかもしれない、この “ポップス・プロジェクト” が台無しになってしまう…。そこで佐野君とも相談して、2曲をトライアングルに譲ることにした。
大滝詠一からの追加注文「ロックンロールはカットアウトじゃなくちゃ」
ここで一件落着かと思っていたら、あにはからんや、大滝さんからさらなる注文が!!
「ロックンロールはフェイドアウトじゃだめだよ、カットアウトじゃなくちゃ」
… と、なんとすでにフェイドアウトで録音済みの「彼女はデリケート」にエンディングをつけてくれ、というお願いがきたのだった。
「もっと早く言ってくれ…」っていっても埒があかないので、ここは一休さんみたいに知恵をしぼってこの窮地を脱するしかないとばかり、テイクワン・スタジオに入って、録音された「デリケート」をあらためて最後まで聴いてみた。
すると、この曲を叩いてくれたシマちゃんこと島村英二君が、フェイドアウト用に演奏している長いエンディングの最後に、ダトト、ダトト、ドコドン、ジャン… というフレーズで終わってくれているじゃないか!「おお、これだ!!」
急いでハートランドのベーシストの小野田清文君に「ベースを持ってすぐ来てくれ!」と電話して、佐野元春のツアー用の楽器車に載っている僕のギターとアンプを持ってきてもらい、2人でそのシマちゃんのフレーズに合わせて演奏して急遽エンディングを作っちゃったのだ。あとはフェイドアウト用に録音されてる長いエンディングをはしょって、テープをつないでなんとか大滝プロデューサーの注文に応じることができた。
そのつもりで聴いてもらえばよくわかるが、曲の本編には多くの楽器が入っていたのに、このエンディングだけは3人だけの演奏―― これが僕らにとっての “彼女はデリケート事件” の顛末である。
“彼女はデリケート事件” がもたらしてくれた収穫
この出来事は僕にとってはとても貴重な体験で、これ以降レコーディング中に一見トラブルじみたことが起こっても怯むことはなくなった。むしろそれをなんとか解決することで、思いも寄らないおもしろい結果になることが多くて、大滝さんのおかげでいい勉強をさせてもらったね。
いま思えば、ノベルティー色の強い「デリケート」は、考えようによっては大滝さんの「福生ストラット」などのナイアガラ伝統のノベルティソングの系譜に入る曲。結果としてトライアングルのほうに収録されて大正解だったような気がするね。
そしてなにより、このアルバムの収穫は杉真理君と出会えたこと。近年、一緒によくライヴをやったり曲を共作したりできるのは、とりもなおさず『ナイアガラ・トライアングル Vol.2』のおかげです。
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2022.03.22