2月21日
スネークマンショー、80年代のラジカルさを体現した意識高い系ユニット
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photo:SonyMusic  

80年代に何があったか、80年代がどんな時代だったかを語る上で欠かすことができないのがスネークマンショーの存在だ。スネークマンショーって何ですか? と聞かれれば、80年代の “意識高い系ユニット” と答えても過言ではないだろう。

しかし、この「意識高い系」という意味が現在とは全く異なる。

現在この言葉は、思想であったり、フィジカル面であったり、人脈で語られることが多いのだが、80年代においての「意識高い系」とは、笑いであり、ファッションであり、音楽であり、遊ぶ場所であり、どこまで最先端の感覚を共有しているかという意識の表れだったような気がする。

つまり、時流に乗って人生どこまで楽しめるかというのが、物質文明が先行した80年代においての「意識高い系」である。

これを象徴していたのが―― 選曲家、クリエイターとして一時代を築いた桑原茂一、DJとして巧みな英語を操りファッションショーなどの音楽演出で妙味を見せていた小林克也、ラジカルなコントに欠かせない演技力を持った伊武雅刀が集結したユニット、スネークマンショーだ。

彼らのファーストアルバム『スネークマンショー』は81年の2月21日にアルファレコードからリリースされた。当時のアルファレコードと言えば、YMOを筆頭に立花ハジメ、そしてシーナ&ザ・ロケッツなどが在籍、小さいながらも時代の先を行く音楽を発信するレコードメーカーであった。

以前、シナロケの鮎川氏にお会いする機会がありお話を伺ったのだが、当時所属していたアルファレコードについて――

「スタッフみんな洒落ていて、ボタンダウンのシャツをクールに着こなしながらも、ストーンズがやっていたブルースナンバーなんかにも詳しい洗練された人がたくさんいた」

と述懐していた。音楽とファッションが連動して新たな価値観が生まれる―― そんな80年代らしいエピソードだが、『スネークマンショー』を今聴いても懐かしいという感覚が皆無なのは、そんな環境から生まれた産物だからという要因も大きいと思う。

このアルバムには「はい、菊池です」というポール・マッカートニーが大麻所持で逮捕されたエピソードにまつわる寸劇をはじめ、コントと音楽を織り交ぜ、YMO、シーナ&ザ・ロケッツ、サンディーのほか、ニューウェイブとオペラを融合した革新的な音を世に残したクラウス・ノミ、当時のネオロカビリー・ムーブメントの立役者、ザ・ロカッツなどバラエティに富んだ様々な音が収録されている。

特筆すべきは、シナロケの「レモンティー」や50年代のロカビリーをマッシュアップしたザ・ロカッツの音源が収録されていることだ。つまり、ロックンロールの王道スタイルとも言うべきこれらの音源をYMOやクラウス・ノミに匹敵する時代の最先端と紹介するその感覚こそが、スネークマンショーのもうひとつの顔であった。

ちなみにザ・ロカッツは、このアルバムで日本に紹介された後、エルヴィス・プレスリーの古巣であるRCAレコードより、『メイク・ザット・ムーブ』を発売している。音楽評論家の大貫憲章氏がオーガナイズする『ロンドン・ナイト』をはじめとするロック系クラブでキラーチューンとなり、その後、廃盤となった同アルバムは一時とんでもない万単位のプレミアがつき高値で取引されていた。この余波から、同じくザ・ロカッツが収録されていた『スネークマンショー』にも相応のプレミアがついた。

アルバムが発売された数か月後、中学1年だった僕は、聴いてはみたものの、そこに詰め込まれた背景を全く理解出来ずに、正直、『スネークマンショー』の何がよいのか、さっぱり分からなかった。しかし、これを理解し賞賛するのが最先端だと思い、何度も繰り返し聴いた。そして、年齢を重ね様々な音楽を知り、時代の波を認識するほどに、ようやくこのアルバムの深みが理解できるようになってきた。

空虚なものと認識されがちな80年代であるが、そこには、感度のよいアンテナ、そして決して流行で終わることのない確固たる音楽的センスが存在していた。つまり、スネークマンショーは「意識の高い」ラジカルな音楽を発掘し、世に知らしめたという大きな功績も残しているのだ。

2018.02.21
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