3月5日

ピンク・レディー伝説「OH!」1981年の解散コンサートは終わりでなく “始まり” だった

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小雨の中スタートした「さよならピンク・レディー」


1981年3月31日、ピンク・レディーが解散した。

その日―― 東京・後楽園球場で行われた2人の “解散コンサート” は、季節外れのみぞれ混じりの小雨の中、定刻の午後3時に始まった。普通、コンサートの開始時刻は押しがちだけど、オンタイムにスタートしたのは、テレビカメラが生中継で入っていたからである。番組タイトルは『さよならピンク・レディー』―― 午後5時までの2時間、同コンサートの模様は日本テレビ系列で全国に生放送でオンエアされた。

オープニングは、2台のオープンカーに分乗したミイとケイが、それぞれ1塁側と3塁側のブルペンから登場。グラウンドをぐるりと周回しながら、観客の声援に手を振って応えた。スタンドには子どもたちの姿も目立ち、ピンク・レディー特有のキッズマーケットも可視化された。平日の午後3時という、やや早い開始時刻も、明るいうちに子どもたちが帰れるようにとの配慮があったといわれる。

デビュー前の2人のエピソードを連想させる「星から来た二人」


やがて2人は、二塁ベース後方に設けられた巨大ステージの前でクルマから降りると、肩を抱き寄せながら階段を上り、壇上へ現れた。オープニング曲は「星から来た二人」(作詞:阿久悠 / 作曲:都倉俊一)――。同名タイトルのセカンドアルバムのリード曲で、その歌詞は、デビュー前の2人が歌手を目指して夜中にミイの自宅付近の川原で歌の練習を重ねたエピソードを連想させるという。驚くことに、2人は阿久悠先生にその話をしたことがなかった。

 私たちは いつもこうして
 夜の空を見つめて来ました
 銀河鉄道 尾をひきながら 朝が来るまで
 朝が来るまで 走っています

この日のセットリストは、往年のヒット曲を中心に、シングルB面曲のメドレーも織り交ぜ、全25曲で構成された。ファンでなくても誰もが知る楽曲ばかり。2時間というテレビサイズに合わせたコンサートゆえに、当初は尺の足りなさが心配されたが、逆にそのレギュレーション(規制)が濃密な2時間にブラッシュアップさせたとも――。



阿久悠が等身大の歌詞をしたためた壮大なバラード「OH!」


コンサート本編の最後を飾ったのは、2人のラストシングルの「OH!」だった。デビューからピンク・レディーを支え続けた阿久悠・都倉俊一のゴールデンコンビが、「マンデー・モナリザ・クラブ」以来、実に1年半ぶりに再結集して手掛けた特別な1曲である。ミイとケイの有終の美を飾るべく世に送り出された、満を持しての珠玉のラストナンバーだった。

 この世に驚きや ときめきがなくなれば
 季節はいつも冬を動かないOH!
 ありふれた毎日のくり返しの中で
 小さな言葉が あなたをきらめかすOH!OH!

一聴して分かるのは、それまで「渚のシンドバッド」「UFO」「モンスター」「透明人間」など、おもちゃ箱をひっくり返したような歌詞を書いてきた阿久悠先生が一転、等身大の歌詞をしたためたこと。以前は、《阿久先生がタイトルとコンセプトを考案→都倉先生がその世界観に見合う曲をつけ→完成した曲に阿久先生が歌詞を当てはめる》というスタイルで書かれていたものが、同曲は初めて “詞先” で書かれたという。

曲をもらう前、ミイとケイはゴールデンコンビの復活に、これまでのピンク・レディーの集大成のような賑やかな楽曲を想像した。だが―― 2人に渡されたのは、先の通り、等身大の歌詞が散りばめられた、壮大なバラード。その狙いについて、当リマインダーのカタリベのお一人である濱口英樹サンの当該記事「増田惠子【最新インタビュー前編】ピンク・レディーのケイが語る、モンスターデュオの50年」の中で、増田惠子さんは当時の先生の思いをこう証言する。

「阿久先生は “今はピンとこないかもしれないけれど、時間が経てば経つほど、歌詞の意味が分かるようになるよ” とおっしゃって。そのときは、そうなんだと思っていたんですけれど、本当にそのとおりで、最近は歌い出しから泣きそうになってしまうんですよね」

更にタイトルについても、惠子さんはその元ネタと思われるエピソードを紹介している。

「実は私たちが『スタ誕』の決戦大会に出場したとき、開襟シャツの襟に “OH!” というロゴのバッジを付けていたんです。偶然とは思えませんし、先生たちからの “何年経っても、聴いたとき、歌ったときにもっともっと心が豊かになるよ” というメッセージが込められている気がして、人生の支えになっています」――。

 OH!
 ときめきの OH!
 OH! OH! OH!
 よろこびの OH!
 はじらいの OH! 感激の OH!
 よろこびの OH!

―― なるほど。おそらく同タイトルには、2人が夢の切符を掴んだ原点、1976年2月18日(3月14日放送)の『スター誕生!』(日本テレビ系)の決戦大会に臨んだ時の気持ちを、いつまでも忘れないでほしいという、阿久先生の思いが込められている。つまり―― ピンク・レディーの活動は一旦、ここで区切りがつくが、ここからまた2人にとっての新たな歴史が始まると。このラストシングルは、終わりではなく、むしろ始まりなんだ、と――。



似ている点も多かったピンク・レディーとキャンディーズ


思えば、あのキャンディーズのラストシングル「微笑がえし」もまた、同グループのエポックメイキングな曲である「年下の男の子」や「春一番」を手掛けた穂口雄右サンに白羽の矢が当たり、その大役を任された逸話がある。そこに阿木燿子サンが歴代のヒットソングのタイトルを散りばめ、まるで集大成のような珠玉のナンバーに仕上がった。そしてファンはその思いを受け取り、同グループ初のオリコン1位に導いた。

ピンク・レディーとキャンディーズ―― 何かと比較されがちな2つのグループだが、本人たちは互いにリスペクトし合う存在であり、ライバル関係を否定していた。ファン層も、キッズやローティーンの女子が主体のピンク・レディーに対して、キャンディーズは同年代の大学生や高校生の男子がメインと、まるで被らなかった。また、楽曲も物語(フィクション)性の強いダンサブルなナンバーのピンク・レディーに対して、等身大のポップチューン志向のキャンディーズと、これまたジャンルが異なっていた。

だが―― 不思議と両グループは似ている点も多かった。デビュー時期は、一般に春先が多い巷の新人アイドルと異なり、ピンク・レディーは8月25日、キャンディーズは9月1日と、どちらもスロースターターだった。そして解散の日も、ピンク・レディーが3月31日、キャンディーズは4月4日と、共に春休みの時期。加えて、ラストシングルに “功労者” を起用したり、解散コンサートが共に後楽園球場だった点も同じ。そして何より―― 両グループの活動期間は、共に “4年7ヶ月” だったのである。

解散後、キャンディーズの3人はインターバルを置いて、伊藤蘭は芸能界へ、田中好子は女優に、そして藤村美樹は歌手として期間限定で復帰した。しかし、ついぞ一度も再結成することなく、2011年に田中好子が他界。3人での再結成は永遠の夢と潰えた。一方、ピンク・レディーの2人もまた、解散後にMIE(現:未唯mie)と増田けい子(現:増田惠子)に名を改め、それぞれソロ活動に移行。共にヒット曲(増田けい子「すずめ」、MIE「NEVER」)を出すなど、ピンク・レディー時代と変わらぬ存在感を発揮する。また、2人は女優としても活躍の幅を広げた。

ラストシングルは2人の新たな旅立ちへのエール


こうして見ると、両グループとも解散後に各々ソロで活躍するなど、その後の軌跡もよく似ている。だが、1つだけ大きく異なる点がある。それは―― 結局、一度も再結成しなかったキャンディーズに対して、ピンク・レディーは今日に至るまで、実に5度も再結成をしているのだ。

・1984年 1度目の再結成
・1989年 2度目の再結成
・1996年 3度目の再結成
・2003年 4度目の再結成
・2010年 5度目の再結成(「解散やめ!」宣言)

―― しかるに、この再結成に対する両者のスタンスの違いは何か。思うに、ラストシングルに込められた、それぞれの作り手のスタンスの違いもあるかもしれない。キャンディーズの「微笑がえし」は、3人のヒットソングの軌跡を散りばめた、いわば集大成(=グランドフィナーレ)だったのに対して、ピンク・レディーの「OH!」に込められた阿久悠先生の思いは “原点”―― つまり、2人の新たな旅立ちへのエールだったと。

ゴスペル調のアレンジに一青窈のソウルフルなボーカルが乗っかる「OH!」


2026年8月26日―― 前日に、デビュー50周年を迎えたピンク・レディーを記念して、この日、同グループ初のトリビュートアルバム『ピンク・レディー伝説 Now and Forever -50th Anniversary Tribute Album-』がリリースされた。これまで、様々なミュージシャンによる個別のカバーや企画盤はあったものの、公式が主導する本格的な複数アーティストによるトリビュートアルバムは初めてである。

収録曲は、デビュー曲の「ペッパー警部」から最後の1位曲である「カメレオン・アーミー」に至る珠玉のヒットシングルに、ラストシングルの「OH!」を加えた全11曲。これらを、実に多彩なミュージシャンたちが、独自のアレンジでカバーしている。個人的オススメは、リアルタイムのピンク・レディー世代である森高千里&渡瀬マキ(LINDBERG)による「ペッパー警部」と、完全に自分の楽曲(アレンジも本人)に仕上げている吉井和哉サンの「ウォンテッド(指名手配)」、それと一青窈サンの「OH!」ですね。

特に、この一青窈版「OH!」――。オリジナルの都倉俊一サンの愁いのあるバラード調のアレンジもいいんだけど、こちらは武部聡志サンによるゴスペル調の力強いアレンジ。ここに一青窈サンのソウルフルなボーカルが乗っかると、なんとも壮大な世界観が開けます。これはこれで、本家とはまた違った味わいで、聴きごたえあり!トリビュートアルバムの楽しみ方って、こういうことなんでしょうね。

最後に―― あの、みぞれ混じりの小雨降る1981年3月31日の解散コンサートは、決して巷で言われるような物悲しい風景などではなかったと思いたい。その後、2人が不死鳥のごとく何度も甦り、新たな伝説を刻み続ける、いわば “リ・スタート” ―― 原点の場であったと。

だって、“雨降って地固まる” って言うじゃないですか。

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2026.09.08
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カタリベ
1967年生まれ
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