9月8日
稲村ジェーンと真夏の果実、サザンオールスターズと平成最後の夏…
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「ここは、湘南なんかじゃねえよ。稲村… 稲村ヶ崎だよ」

こんな切り取った台詞ひとつとっても、桑田佳祐が生まれ育った鎌倉 “稲村ケ崎” へのこだわりがじんわり感じられる――

さて今回は映画『稲村ジェーン』をメインに話を進めたいと思う。

元号が平成になった翌年、1990年9月8日に公開されたこの作品は夏の終わりを意識した淡く切ない青春物語。それは初心(うぶ)で純情でありながら、無鉄砲でギラギラとした若者独特のエッセンスが随所に散りばめられたサザンオールスターズ・桑田佳祐の初監督作品だ。

この映画、主演の加勢大周が、劇場公開の翌年に事務所からの独立で揉め、前事務所から芸名差し止めを食らって裁判沙汰になったり、なにより監督であった桑田自身が、識者の映画評に気を病んだりと残念なことが多く、それだけが原因ではないにせよ未だに DVD 化されていないというレアな代物である。

後に桑田本人も「映画としての出来はイマイチだったと思う部分はある」と語っていて、批評家からの評価があまり良くなかったのは事実だが、映画自体は1990年度の日本映画配給収入年間ランキング4位、観客動員数350万人を記録していて、興行的には成功した作品と言える。

当時、先に映画監督として華々しくデビューを飾っていた北野武は、自身の映画批評本『仁義なき映画論』にて、この『稲村ジェーン』を酷評している。

「音楽映画なのに邪魔なセリフがありすぎて音楽を殺している」

という感じで、遠回しに音楽は絶賛していたのだが、映画すべてを非難されたと感じた桑田は週刊誌上で反論――

その1年後、北野は『あの夏、いちばん静かな海。』という、聴覚障害を持った男女の淡い心の機微を題材にしたサーファー映画を撮る。これは『稲村ジェーン』とは対照的で、主人公にセリフがなく、淡々と映像と音楽をメインに作られた異色作品だ。

さらにその後、北野映画『DOLL’S』(2002年)では、夜店に飾っている風車の横を主人公とヒロインが通り過ぎるという『稲村ジェーン』と全く同じアングルの映像を組み込んでいる。ちょっと嫌味っぽくも取れるけれど、僕にはこれが北野流の桑田佳祐へのリスペクトなんじゃないかな? と思えるのだ。

さて、僕は久しぶりに VHS ビデオで『稲村ジェーン』を観させてもらったのだが、今でこそ珍しくない手法かもしれないが、映画を取り巻く小道具大道具がめちゃくちゃ細かく作り込まれていて面白かった。これはもう、時代を振り返って懐かしむために何度も繰り返し観たくなってしまう。

例えば一瞬しか映らなかったり、背景に溶け込んでいてわかりづらかったりする当時のポスターや流行りの服装などなど、枚挙にいとまがない。5分に1回程度の間隔で突っ込んでくるくだらないギャグもまた然りである。

このカオスな世界観は間違いなく Twitter など SNS でマニアたちが拡散したくなっちゃうはず。改めて80年代あたりを舞台にリメイクしたら大ヒットするんじゃないかな? 当時はアバンギャルドと捉えられた映像や唐突なストーリーも、今思えば桑田が作り出す楽曲イメージがそのまま表現されているだけなので、逆に現代なら絶対いけると思うんだよなあ―― と、これって『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』と同じになってしまうか…。


閑話休題。いざ、映画と音楽を語っていくことにする。

「ビートルズが来日するわけないじゃん…」

というセリフから、時代は昭和40年頃(ビートルズ来日公演は昭和41年6月)と推察できる。主人公は「ミゼット」にサーフィンのロングボードを括り付けて海へと向かう。バックに流れるのはもちろん「希望の轍」だ。


 遠く遠く離れゆくエボシライン
 oh my love is you
 舞い上がる蜃気楼


そう、映画の中で「町に波の蜃気楼が現れるとき、伝説のビッグウェーブ “ジェーン” が来る」と、バーのマスター(伊武雅刀)に教えられているのだ。そして――


 あれから10年も 忘れられたBig Wave
 遠くに揺れてる あの日の夢


「忘れられたBIG WAVE」が流れ始める。達郎サウンドのような桑田ひとりアカペラのこの楽曲が、稲村ヶ崎の映像と相まって “夏感” が半端なく押し寄せる。

主な登場人物は、病気療養中の骨董屋の主人(草刈正雄)の代わりに店を任されているサーファーのヒロシ(加勢大周)。ヒロシから預かった壺を転売してしまったバンドマンのマサシ(金山一彦)と、その壺を巡って知り合ったチンピラのカッちゃん(的場浩司)だ。

そして、横須賀に行ったヒロシとマサシが、歓楽街で偶然出会った波子(清水美沙)をミゼットで拾ってくる。ストーリーは、まさに王道の青春グラフティ。監督である桑田は、そこに纏わる友情を丁寧に、ときにコミカルに描いていく。

作品について「音楽と画が均等に存在する映画を追求した」と桑田自身が語っていて、それはときに唐突な映像であったりするが「単なる映画音楽を超えた曲を書き下ろした」という言葉で納得―― 全てが映像ありきの曲という構成なのだろう。

映画は中盤。自分勝手で、でもそれぞれが互いを思いやりながら、ぶつかったり悩んだり。他人に迷惑をかけてばっかりでどうしようもなくって途方に暮れて… そんなひとりひとりが憂う想いに耽る夜、あの名曲が流れ始める――


 四六時中も好きと言って
 夢の中へ連れて行って
 忘れられない Heart&Soul
 声にならない


「真夏の果実」の歌詞には映画を観ていなくても心にグッとくる迫力がある―― しかし、桑田本人が撮った映像に合わせて曲が流れ始めてしまえば、単体で曲だけを聴いてきた時の何倍もの恋しさと究極の切なさを誰もが味わうことになるだろう。実際、映画の内容そのものがこの曲に全て反映されている。


 マイナス100度の太陽みたいに
 身体を湿らす恋をして
 めまいがしそうな真夏の果実は
 今でも心に咲いている


桑田佳祐の真骨頂。「マイナス100度の太陽」という比喩のなんたる美しさ。「四六時中も好きと言って」も素晴らしい歌詞だけれども、僕はこの太陽の一節に惚れ惚れする。嫉妬すら覚えるくらいに。

そして、なによりもサザンの楽曲を紹介するなら “ハラ坊” 原由子の声を絶賛すべきではないだろうか。僕は、サザンオールスターズというグループの肝は、間違いなく原由子の個性溢れる声だと思っている(ちなみに映画では看護師役)。

桑田佳祐独特の歌唱法、声質など、それはもう個性の塊であることは勿論だけれど、原由子のコーラスやハモリと桑田の声が混ざった時、サザンオールスターズの楽曲はノスタルジックな愁いを帯びて、特別なものに変わるのだ。

この「真夏の果実」では、サビの部分に原由子のコーラスが入ってくる。その歌声のマリアージュはいち早く心の琴線に触れてくる―― その時の感情の昂ぶりは原由子じゃない場合の何倍にもなっていると、僕は断言したい。

大げさだけれど、古くは「いなせなロコモーション」「栞のテーマ」「シャ・ラ・ラ」など、最近の楽曲なら「壮年JUMP」でもそう。原由子のハモリ、ましてやソロパートがあるだけで曲の印象が全然違う。その他のコーラスが目立たない曲とは受ける印象がだいぶ違うのだ。桑田に負けない個性的な原由子の声が、サザンオールスターズをみんなに愛されるグループに押し上げたことに間違いはない。僕が思うに、これはもう “ハモリの発明” と言ってもいいレベルなんじゃないだろうか。


さて、最後に映画のエンディングについて話して終わりたいと思う。

ハッキリと示唆されてはいないけれど、若者たちは夏の終わりにそれぞれの道を歩み始める―― 引きのロングショットで波うち際を映し出し、若者が無邪気に戯れるなか、ギターを爪弾くイントロから「真夏の果実」が再度ゆっくりと流れはじめる。そして、その余韻を包み込んでエンドロールへと映像は切り替わる――。


 砂に書いた名前消して
 波はどこへ帰るのか
 通り過ぎ行く Love&Roll
 愛をそのままに

 こんな夜は涙見せずに
 また逢えると言って欲しい
 忘れられない Heart&Soul
 涙の果実よ


平成最後の夏が終わってゆく―― この夏、この映画を観られて本当によかった。



歌詞引用:
希望の轍 / サザンオールスターズ
忘れられたBIG WAVE / サザンオールスターズ
真夏の果実 / サザンオールスターズ


2018.09.08
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  YouTube / サザンオールスターズ


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