青春群像ドラマ「ふぞろいの林檎たち」で使われた挿入歌
今期のテレビドラマで毎週楽しみにしているのは、テレビ東京系の月曜ドラマ『共演NG』だ。中井貴一演じる英二の “見栄っ張りだけど小心者” というコミカルな役柄にハマっている。
同じく月曜日に放送中のフジテレビ『朝顔』も楽しみにしているドラマのひとつだ。こちらは時任三郎が出演していて、その哀愁を伴った父親役の演技は渋く円熟味を感じさせてくれる。
そんな2人の姿に懐かしさを感じてしまった僕は、久しぶりに『ふぞろいの林檎たち』(TBS系ドラマ・1983年)を観てしまった。かつてそのドラマで演じた仲手川(中井貴一)と岩田(時任三郎)の姿を現在の中井貴一や時任三郎の姿に重ねてしまった。… なんて人は僕だけじゃないよね?
さて『ふぞろいの林檎たち』は、僕がちょうど高校生の時の人気ドラマで、その人気にあやかって僕らは文化祭でサザンオールスターズのコピーバンドをやることにした。
ドラマで使われた挿入歌を演奏したかったからだ。もちろん文化祭のステージは大変な盛り上がりをみせ大成功だったことは言うまでもない。サザンの人気もさることながら、学歴差別を背景にした群像劇というドラマの内容に共感していた同級生も多かったのだろう。それはバンドばっかりやっていて勉強を疎かにしていた僕らも同じだった。ちなみにそのときのバンド名を “OLIVE”(※)にしよう… と身内で盛り上がったことは、懐かしい想い出として心に留めている。
…っと、つい前置きが長くなってしまったけれど、今回はその『ふぞろいの林檎たち』で使われた挿入歌のひとつ、「シャ・ラ・ラ」が気になってしょうがない!という話である。
たちまち意気投合! サザンオールスターズと八木正生の出会い
40年前の今日、1980年11月21日にリリースされた「シャ・ラ・ラ」は、「ごめんねチャーリー」との両A面シングルとして世に放たれた楽曲だ。当時サザンオールスターズはテレビ番組の出演を控えていたためセールスはパッとしなかったものの、およそ2年半後『ふぞろいの林檎たち』の挿入歌として使われたことで楽曲の良さが世間にじわじわと浸透していった。それは、ディレクター高垣健が彼らに紹介した八木正生のセンスも影響したはずだろう。
八木正生とは、ジャズピアニストでありアレンジャーとしての才能もズバ抜けていて、桑田佳祐の音楽観に多大な影響を及ぼした人物である。寺山修司作詞、尾藤イサオ歌唱の「あしたのジョー」が有名だけれど、ネスカフェ・ゴールドブレンドのCM曲「目覚め」(♪ ダバダ~ のスキャットで有名)とか、「丸大ハンバーグの唄」(大きくなれよ~ のキャッチフレーズで有名なCM)など印象的な曲も残している大御所だ。
そんな大先輩の八木正生と出会った桑田佳祐は、周囲の心配をよそにたちまち意気投合してしまったと言うのだから面白い。なんでも聴いてきた音楽の趣味が合ったということらしいが、いかにもミュージシャンらしいエピソードだと思う。
サザンオールスターズは、1980年リリースのシングル「涙のアベニュー」から全幅の信頼をおいた八木正生を弦管編曲に迎えることによって、ジャズテイストと歌謡曲の親しみやすさが融合した新しい毛色の楽曲がアルバムに含まれることとなった。八木正生の弦管編曲は、1980年『タイニイ・バブルス』(1980年)で5曲、それからおよそ1年4ヶ月後にリリースされた『ステレオ太陽族』(1981年)で4曲、さらに『NUDE MAN』(1982年)でも4曲の弦管編曲を行っている。今回紹介するシングル曲「シャ・ラ・ラ」も、もちろん八木正生のアレンジである。
サザン初のデュエットソング、桑田佳祐と原由子の声が混ざる心地よさ
以前は桑田佳祐のボーカルに全員のコーラスを乗せる曲構成が主であった。ところが「シャ・ラ・ラ」に関しては「これにもっと原坊のボーカルを入れていきたいんだけど…」と、桑田自身がメンバーに提案したのだという。
これは僕が以前に書いたコラム
『稲村ジェーンと真夏の果実、サザンオールスターズと平成最後の夏…』でも語らせてもらったけれど、ボーカル原由子の声質と歌い方は、桑田佳祐に引けをとらない個性が光っていると思うのだ。
いまや桑田佳祐と原由子の声が混ざる心地よさは誰もが認めることだろう。同じグループではあるが、その才能にいち早く気付いていたのは、他の誰でもない桑田自身だった。これを桑田佳祐の “先見の明” と言わずして何と言えばよいのだろうか。
そんな桑田佳祐の提案・要望に応えるためメンバー内で意見を集めた結果、「シャ・ラ・ラ」での原由子パートがどんどん増え、最終的にソロパートを含めたデュエット曲に仕上がったという。
原由子の声は、独特な桑田節を絡めとって柔らかな旋律に変化させるような不思議な力を持っている… と僕には感じられるんだけど皆さんどう思いますか?
今がよければいいじゃんというダメ男っぷり?
ここからは「シャ・ラ・ラ」の歌詞を読み込み、歌に伴うストーリーを自分なりに紐解いてみたい。桑田佳祐が歌う男性パート、歌い出しはこうだ。
何するにせよ そっと耳元で語ろう
例えば言葉が無くても心は
不思議な期待など もてるこのごろ
Let me try to be back to this place anyday
Let me try to be back to this place anyday
ざっくり解釈すれば、他の女にちょっかいを出しつつも「いつだっておまえの元へ帰るからさぁ…」というダメ男っぷりを描く歌詞ではなかろうか。
この、「Let me try to be back to this place anyday」という英語のリフレインをどう解釈するか… が、この曲を理解するカギだと僕は思っている。
ちなみに「anyday」というのは桑田が考えた造語であり、通常 “anytime” と思われる部分を敢えて “day” としているようだ。なので、直訳の “いつでも” と比べてもう少し時間的に長いスパンなのかな? というのが僕の見解。しかも、このフレーズは男性と女性で受け止め方が違うのではないか? とも思っている。それを踏まえて、女性目線の原由子パートを読み解いてみよう。
女誰しも 男ほど弱かないわ
乱れた暮らしで 口説かれてもイヤ
横浜じゃ トラディショナルな彼のが
「そんなダメ男のあなたはイヤよ。それに横浜(都会)ならもっとカッチリ(トラディショナル)しているほうがモテるはずよ… そんなお遊びはやめて早く私の元へ帰ってきなさい…」とならないだろうか?
そして最後にデュエットでこう歌う。
今年もなにゆえ さかのぼれば夢
二人でいて楽しけりゃ なおのこと
「いろいろあったけれど、お互いやっぱり好きな存在だよね」と帰結させている。過去を夢と称し、今がよければいいじゃんというダメ男っぷりは相変わらずだ。ちなみに後半の歌詞には「Merry Christmas」 とあるので、クリスマスに仲直りをして、そのまま1年を振り返っているのだろう。
「シャ・ラ・ラ」の前日譚? アルバム「人気者で行こう」収録の「海」
最後に深読みをもうひとつ。僕の勝手な想像だけど、この曲は夏からクリスマスまで数ヶ月間の物語じゃないかな? と推察してみた。
何故なら、この楽曲リリースから4年後のアルバム『人気者で行こう』(1984年)に収録された「海」で、「シャ・ラ・ラ」の前日譚じゃないの? と思われるフレーズに気がついてしまったからだ。その歌詞はこうだ。
移り気なアナタに oh
抱かれてしびれた
ほんのチョットだけで oh
こんな気持ちになるなんて
悪い人だとは思うけど
これって「シャ・ラ・ラ」の彼(ダメ男)と出会った女の子の目線ではないだろうか。確証はないけれど、「海」の歌詞の「移り気なアナタ」という彼は「シャ・ラ・ラ」の歌詞の「目移りがクセなのさ」という似通ったフレーズで表された彼と同一人物にしか思えない。
「シャ・ラ・ラ」の気の強い女の子と比べ、涙を渚にそっと零す対照的な「海」の女の子の健気さ。ダメ男としてはちょっと惹かれちゃうだろう。そう、これは馬鹿ねぇと窘める(たしなめる)女の子と、夏の “火遊び” を忘れられない女の子の物語が対になっているのだと思う。
何故そう思うのか… って? それは、どちらの楽曲も「Sha la la」という同じフレーズによって繋がっているからだ。これ、ひょっとしたら桑田佳祐が僕らにこのことを気づかせるためのメッセージじゃないかな? と思うのだけど…ちょっと考え過ぎだろうか。
注:ドラマ『ふぞろいの林檎たち』で、岩田を先頭に仲手川、西寺で始めたワンダーフォーゲルのサークル名がOLIVEだった
2020.11.21