1月19日

音楽が聴こえてきた街:シャネルズから始まった新宿ルイード伝説

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80年代。僕等が熱狂した音楽はどこから生まれてどこへいったのだろうか?

不意にラジオから流れてきた1曲に心奪われ、魂が揺れたその瞬間… その曲が、ほんの少し前に流れていたという場所を訪ね、原風景を体感していくいうのがこの連載。

どこでどんな風に音楽が生まれ、僕らの人生と共に歩んでいくようになったのか。80年代の東京という大きなジグソーパズルにひとつひとつピースをはめていくように書き進めていきたい。


■ルイードとロフト

新宿のライブハウスといえば、新宿ロフトを想起する人も多いだろう。70年代の東京ロッカーズから始まり、ARB、アナーキーなども出演。BOØWY やブルーハーツも巣立っていったアンダーグラウンドシーンの拠点だ。

新宿ロフトは、当時、駅から数分歩いた小滝橋通りという繁華街から少し離れた場所にあった。周囲にはマニアックな品揃えが自慢の輸入レコード店がひしめき合っている。そんな状況と同様に、ロフトはメジャーとは一線を画した独自の視点でアーティストをブッキングしていった。

これに対し、80年代に数々の伝説を作った新宿ルイードは街のメインストリート、新宿通りからすぐの駅からほど近い好立地にあった。

モヒカン頭のパンクスたちが眼前の駐車場で酒盛りをする光景が常だったロフトに対し、新宿ルイードはメインストリートをトレンディな出で立ちで闊歩し、ライブ前に洒落たカクテルを傾けながらアーティストの登場を待つ。そんな真逆の印象だった。

ステージにはビッグアーティストの原石ともいえるメジャー志向のアーティストが連夜登場し、新宿ロフトとはまったく違った色合いで、感度のよいアンテナを持った音楽ファンを楽しませていた。そして、テレビにもラジオにもまだ登場していない最先端のロックミュージックに皆が酔いしれた。


■総立ちの久美子

80年代、ロックアーティストのサクセスストーリーと言えば、

「ライブハウスを満員にする」
      ↓
「学園祭で観客を熱狂させる」
      ↓
「念願のホールコンサート」

―― という一連の流れがあった。これが具現化されたのは山下久美子の登場からではないだろうか。「総立ちの久美子」という異名でシーンを席捲したのが81年。この伝説のスタートも新宿ルイードだった。

デビュー以前から定期的にルイードでライブを行っていた彼女だが、当初は客足が伸びずに悩んでいたという。そんな山下久美子の周辺に地殻変動が起こったのは、徐々に客足が伸びはじめた81年1月24日のことだった。山下久美子は初のホールコンサートを日本青年館で迎えたが、そのアンコールで観客が熱狂し総立ちとなったことから「総立ちの久美子」という称号を得る。その名は急速に全国に広がっていく。翌月のルイードのライブでもこの熱狂は収まらず、月ごとに動員記録を伸ばしていった。

そのきっかけのひとつに同時期にリリースされたサードシングル「恋のミッドナイト D.J.」があった。ユーミンの「ルージュの伝言」にも匹敵するアメリカン・オールディーズリスペクトのアップテンポナンバー。50年代の古き良きアメリカを最先端のモードと捉えていたこの時代の空気に見事マッチ、彼女のエネルギッシュなステージは曲のイメージとピッタリだった。こうして、ひとつひとつの歯車が噛み合いメジャーシーンに浮上。翌年の大ヒット曲「赤道小町ドキッ」で大ブレイクを果たす。


■80年代音楽の発信基地

この山下久美子の状況と前後して、佐野元春や「キッスは目にして!」のザ・ヴィーナスなどがルイードのフロアを沸かしていった。それは連日、振動で階下から苦情がくるほど強烈だった。

こうして新宿ルイードは新たな音楽発信基地として全国に名を広めていくが、そのパワーはルイードの従業員同士が組んだロカビリーバンド(19BOX)がメジャーデビューに至り話題になるほど大きなものだった。そして84年3月15日、尾崎豊、伝説のファーストライブもこの場所で行われた。当日はキャパオーバー500人の観客をパンパンに詰め込み、それでも入りきれない客が入口に列を作ったという。

こうした話題性も手伝ってルイードから巣立ったアーティストたちの楽曲はすぐさまラジオなどでオンエアされるようになった。特に1981年にスタートした文化放送『ミスDJ リクエストパレード』では、佐野元春、山下久美子といったルイード出身のアーティストの楽曲がヘビロテされ、当時熱狂的なリスナーだった中学生の僕も、近くて遠いルイードにラジオの前で想いを馳せた。


■フォーク主体からロックの聖地へ

72年にオープンした新宿ルイードは、その時代の流れに合わせ、フォークグループ主体のブッキングを行っていた。しかし、70年代も終わりに近づくとフォークソングは下火となり、その形態はニューミュージックへと進化していく。

そんな状況の中、新たな活路を見出しルイードはロックの聖地となった。そのきっかけを作ったのは、東京の下町エリア、大森出身の不良少年たちであった。彼らの名はシャネルズ。ルイードが白羽の矢を立てた当時のシャネルズは『East West』というロックコンテストで決勝大会まで行き、そのエンターテインメント性が大きな話題を呼んでいた。79年1月19日に初めてルイードのステージに立つのだが、リーダーの鈴木雅之氏は当時をこんな風に述懐している。

「ぼくらは大森なわけ。大森という町工場ばかりの下町にいると、新宿はニューヨークみたいなもんだよね。その頃ぼくは、大森をダウンタウンのハーレム、新宿をニューヨークのアップタウンと見立てていた。そんな僕にとって唯一の楽しみは、週末にアメ車に乗って新宿にいって遊ぶことさ。そのために昼間、一生懸命働いていたみたいなもんだね。だからルイードでやらないかって言われたときは本当にうれしかったね」

新宿ルイ―ドは、こうして新たな観客を獲得することに成功した。


■ルイードから生まれた「ランナウェイ」

顔を黒塗りにしたシャネルズのショーマンシップ溢れるステージは好評を博す。翌年、パイオニアのラジカセ・ランナウェイの CM タイアップ曲「ランナウェイ」でデビューを果たし、スターダムを駆けあがると彼らがルーツとする黒人音楽 DOO WOP という言葉も同時に世間に浸透していった。

シャネルズの成功と前後して、ルイードにはブラック・キャッツ、ザ・ロッカーズ、子供ばんどといったロック系のアーティストが目白押しで出演する。そしてこの系譜からビートの効いたサウンドを得意とするソロアーティストがブッキングされていく。山下久美子、白井貴子、佐野元春、吉川晃司、尾崎豊… 80年代のレジェンドとも呼ぶべき面々が数々の一夜の伝説を作っていった。

こうした伝説の発端に、シャネルズの存在があったことは興味深い。お金のためでも出世のためでもなく、不良少年たちの友情から生まれ、仲間と純粋に音楽を楽しみたいという彼らの心意気が新宿ルイードのスピリット(エンターテインメント)の根底にあったのである。

87年1月。ルイードは惜しまれながらもクローズ。『SHINJUKU RUIDO “FINAL” TUESDAY JANUARY 20. 1987』と銘打たれた最後のステージには、この場所でデビューした時と同じ衣装を纏ったラッツ&スターが立っていた。

「ありがとうルイード。この曲はここで生まれた曲です」

そんな鈴木雅之氏の MC と共に歌われたのはミリオンセラーとなった「ランナウェイ」だった。

今も新宿駅西口と東口の境界線である地下通路を抜け、東口のネオンを間近に新宿通りを歩いてゆくと、自然と僕の頭の中には「ランナウェイ」が鳴り響いてくる。

ほどなくしてかつてルイードがあったカワノビルを見上げて回想する。

僕がここにたどり着くにはちょっと遅すぎた。そして、数々の伝説の瞬間はここで生まれたんだなって… 少しの苦みと、その後出会えた数々の音楽の素晴らしさを噛みしめながら…。


参考文献
新宿ルイード物語 ぼくの青春と音楽(富澤一誠著 / 講談社文庫)


2019.03.09
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  YouTube / Moonlight Magic
 

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カタリベ
1968年生まれ
本田隆
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