最強のロックンロール・アルバム「明日なき暴走」
1975年8月25日、ブルース・スプリングスティーンはサードアルバム『明日なき暴走』をリリース。それまでレーベル(コロムビア・レコード)はボブ・ディランのようなシンガーソングライターとしての魅力を打ち出したプロモーションをしていたが、思ったようなセールスには結びついていなかった。一方、ライブにおいてはEストリート・バンドとのコンビネーションも冴えわたり、ステージでの熱狂をどのようにレコード制作に持ち込むかが課題となっていた。
『明日なき暴走』では、かねてからスプリングスティーンのロックンローラー気質やカリスマ性を見抜いていた音楽評論家のジョン・ランダウをプロデューサーに加えてレコーディングに挑み、結果として、ロックンロールの楽しさ、激しさ、そして、切なさまでをも網羅した最強のロックンロール・アルバムを作り上げることに成功した。
だからといってシンガーソングライターとしての魅力が減退してしまったのかというと、そんなことは全くない。本作では、アメリカに住む市井の労働者を主人公にした物語を歌っている。そしてその物語は、決して悲劇的なものではなく、ぶち当たる壁を乗り越えようとするポジティブなものだ。陽気なだけでも、憂鬱なだけでもない物語として語られるスプリングスティーンの歌は、最高のロックンロール・サウンドと相まって、とても清々しい印象を聴き手に与えてくれる。
“オレの歌” を歌ってくれるスプリングスティーンのリアリティ
『明日なき暴走』では、誰にでも当てはまるテーマを歌い、その歌を他の誰かの歌ではなく、聴き手であるボクやワタシ、オレの歌として聴かせることに成功している。スプリングスティーンの歌は絶大なリアリティを獲得し、聴き手は自分ごととして実感できる歌にどっぷりと感情移入できるのだ。
アルバムのタイトルトラック「明日なき暴走」の主人公は、将来に期待が持てない仕事をしている。仕事が終わり、夜になると町から逃げるようにバイク(車という説もある)を走らせる。
途中、意中の女性であるウェンディへの愛を語る。それは、2人で自分たちが本当に望んでいる場所にたどり着き、日の当たる場所を歩くことを望んでいるというものだ。そこにたどり着くまで俺たちは走り続ける、走るために生まれてきたんだと力強く歌われる。
ウェンディへのラブレターという形をとっているが、歌の真意はそれまでアーティストとして自分の思ったような評価を得られずにいたスプリングスティーンが現状を打破するために走り抜けるしかないという宣言ではないだろうか。地元のローカルシーンを飛び出して、全米規模での成功を勝ち取りたいという願望が語られているように私は感じる。
厳しい現実の中でも一筋の希望を希求する語り口だが、主人公はそれに向かって頑張ったり、努力するという感じではなく、むしろバイクを暴走させることで現実逃避している。この部分が努力や頑張りで語られてしまうと「明日なき暴走」は説教臭くなり、聴き手は興ざめしてしまい、感情移入できない歌になってしまうのだ。
また、この物語を支えるサウンドは、アルバムの中でもとびっきりのポップなメロディーを疾走感抜群の演奏で聴かせている。歌詞で歌われるバイクでの暴走とサウンドが完璧に一致している。曲の中盤ではクラレンス・クレモンズのド派手なサックスソロが印象的に鳴り響くのだが、アルバムの見開きジャケットに見られるサックスを吹くクラレンスの肩に寄り掛かるスプリングスティーンのモノクロ写真と実にマッチしている。
なお、本曲はアルバムリリース後にシングルカットされ、米ビルボードHOT100で最高23位を記録している。
人生のサウンドトラックと言えるほど大切な作品
アルバム『明日なき暴走』に話を戻そう。本作が歴史的名盤と言われる理由は、夢や希望に賭けてみる歌や救済される歌を、聴き手が自分ごととして受け止め、人生にとってのかけがえのない歌に仕上げさせること、に成功しているからだ。そして、その歌は、聴き手のその後の人生と共に歩むことで、名盤という範疇を超え、人生のサウンドトラックと言えるほど大切な作品に昇華されているのだ。
歴史的名盤『明日なき暴走』もリリースから49年が経過した。来年は記念すべき50周年のアニバーサリーイヤーになる。ファンとしては50周年の企画盤のリリースを期待したいところだし、『明日なき暴走』全曲再現ライブが実現したら、もう正気の沙汰ではいられないが、来日公演は難しいだろうな…
でも、ボス、オレたち日本のファンにもポジティブなニュースを届けてくれることを期待してるぜ!だって、ボスは『明日なき暴走』であきらめずに前を向くことの大切さをオレたちに教えてくれたじゃないか!だから、オレたちはボスの来日公演を決してあきらめるわけにはいかないんだ。頼んだぜ、ボス!
▶ ブルース・スプリングスティーンのコラム一覧はこちら!
2024.09.23