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80年代のゲイリー・ムーア、奇跡を共有した10年間を振り返る
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photo:FANART.TV  

2011年にゲイリー・ムーアが亡くなって今日(2018年2月6日)で早7年。80年代にフォーカスしてゲイリーの活動を改めて振り返ると、とりわけ日本のファンにとって、それは特別でかけがえのない10年だったことが見えてくる。

ゲイリーは多岐に渡るジャンルやバンドで天才ギタリストぶりを発揮した70年代を経て、80年代に入ると英国でのヘヴィメタルムーブメントに呼応するように自身初のハードロックバンド、Gフォースを結成。当時、日本未発売でアルバム1枚を残しただけだったが、HM/HR(ヘヴィメタル / ハードロック)のジャンルでもさらに注目を集めていく。

その後、レーベルとの契約問題に巻き込まれながらも82年にソロとしての名作『コリドーズ・オブ・パワー』(旧邦題『大いなる野望』)を創り上げ、発売されるや大ヒット。とりわけ日本では一躍 HM/HR のギターヒーローに踊り出た。サーモンピンクのストラトを愛器に、力強いピッキングが生み出す鬼気迫るトーンは、シングルコイルとは思えないダイナミックな歪みと究極の泣きを生み出し、そのギタープレイは神がかっていた。この頃のゲイリーは邦題通りの「大いなる野望」をまだ抱いていたように思えてしまう。

83年には初来日も実現し、次作『ヴィクティムズ・オブ・ザ・フューチャー』が日本で先行発売されるなど人気が加速。本人の望みとは裏腹に代表的な HM/HR ギタリストとして祭り上げられ、音楽ビジネスの渦にも巻き込まれていく。

85年の「アウト・イン・ザ・フィールズ」では一時犬猿の仲だったフィル・ライノットとの再会が話題になったり、86年には本田美奈子への楽曲提供を行ったり、ギタープレイとは離れた話題を振り撒いたのも、この時代ならではだ。

そんな状況下で、87年に生まれ故郷のアイリッシュテイストを取り入れた『ワイルド・フロンティア』を発表したのは、ミュージシャンとしてのアイデンティティを確認しているかのように映った。

89年には最後の HM/HR 路線作『アフター・ザ・ウォー』をリリース。僕も観た同年の来日公演は感動的だったが、正直80年代初期のような気迫を感じることはできなかった。今思えば、ゲイリーの中では HM/HR ギタリストを演じる限界だったのかもしれない。

90年代に入り、グランジの波とともにHM/HR は音楽産業の中心から押しやられていき、偶然か必然か、時を同じくしてゲイリーも自身のルーツであるブルーズへの回帰を宣言。一時的なことでいつか HM/HR 路線に戻るのではないか、という大多数の日本のファンの想いは結局叶わず、以降20年余りブルーズギタリストを全うしたまま、この世を去ってしまった。

40年余りのキャリアの中で、純粋に HM/HRを演奏していたのはわずか10年ほど。それが80年代の10年間と見事にシンクロしているのは興味深い。

ゲイリーは80年代を振り返り、「自らのルーツにないジャンルの音楽をプレイし続けることは心地よくなかった」というようなコメントを残している。

しかし、ゲイリーのギタリストとしての魅力を最も身近に感じられるのが HM/HR というジャンルだったことは間違いない。それだけに、ブルーズを音楽的ルーツに持たない僕たち日本のファンが HM/HR ギタリストのゲイリー・ムーアをリアルタイムで共有できたのは奇跡だったし、そこに彼を導いた80年代という時代のチカラを改めて感じるのである。

ゲイリーは今頃、天国でブルーズギターを爪弾きながら、80年代の日本での人気ぶりを思い浮かべて、「あの時代も案外悪くなかったな」と呟いてくれていたらと願う。

僕が命日に聴きたい1曲は、83年の初来日公演を収録した『ロッキン・エヴリ・ナイト(ライヴ・イン・ジャパン)』から「サンセット」。ドン・エイリーのキーボードに乗せて静かに奏でられるこのヴァージョンは、呼吸するようなギタートーンが奇跡的で、思わず息を呑む。

2018.02.06
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  YouTube / Vitus Vittelli


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