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追悼:エディ・ヴァン・ヘイレン、革新的ギタープレイとポピュラリティの奇跡的バランス

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2020年衝撃のニュース! エディ・ヴァン・ヘイレン 65歳で逝去


2020年10月6日、エディ・ヴァン・ヘイレンが65歳で亡くなったという衝撃のニュースから、少しの時間が経過した。有名ロックアーティストたちの多くが次第に高齢化していく中で、突然の訃報に胸を痛める機会が増えているが、今回はひときわ動揺している。今でも心の中に、ぽっかりと大きな穴が空いたような気持ちのままだ。

というのも、僕が洋楽やロックを聴き始めたのは、ちょうどヴァン・ヘイレンがデビューした1978年で、以来40年余り、エディは僕にとって初めてのギターヒーローだっただけでなく、ずっとフェイバリットギタリストとして、特別な存在だったからだ。

初めてエディのギターに触れたのは、古びたトランジスタラジオから流れた「ユー・リアリー・ガット・ミー」だったのを覚えている。イントロの鮮烈なディストーション(のちにブラウンサウンドと呼ばれた)が掛かったリフ一発で、エディは僕をハードロックの世界へと、あっという間に誘ってくれた。

その頃すでに、ロックギターに最初の革命を起こしたジミ・ヘンドリックスは、この世にいなかった。けれども、70年代末にエディが巻き起こした新たなギター革命が、80年代の音楽シーンに多大な影響を与えていく様を、リアルタイムで体感できたのは、幸運だったのかもしれない、と今は思える。

ギタープレイだけでなく、卓越したソングライターとしての才能


エディの訃報が届いて以来、ネット上には世界中から、その偉業を偲ぶ文面や映像が溢れている。それらを目にする度に、エディがいかに多くのロックファンに愛され、敬意を持たれたギタリストだったのか、改めてよくわかる。

革新的なライトハンド奏法の確立等、多くの方々が挙げるエディの魅力の数々は、改めて言及する必要もないだろう。敢えてギタープレイで挙げるならば、派手なソロパートだけでなく、ブギ調の「アイム・ザ・ワン」や「ホット・フォー・ティーチャー」をはじめとした楽曲での、天性のタイム感で奏でるリズムパートの巧さもまた、特筆すべきだろう。ネット上では、エディのソロパートを見事にコピーするギタリストの映像が散見されるものの、リズムパートでのノリまで完全再現できるギタリストは、皆無に等しい。

ギタープレイだけでなく、卓越したソングライターとしてのエディも、改めて高く評価されるべきだろう。ヴァン・ヘイレンはデビュー以来、ほとんどの作品がチャート上位にランクインし、広範なロックファンへのアピールに成功した。それはエディとメンバーたちによって書かれた楽曲の数々が、ハードロックらしからぬ、圧倒的に優れたポピュラリティを持っていたからに他ならない。さらに、ポピュラリティと革新的なギタープレイを、奇跡的なバランスで同居させたのが、エディたちの世に送りだした楽曲だった。

そして、ギター少年がそのまま大人になったようなエディの魅力的なキャラクターは、どれほど多くのロックファンやギタリストを、生み出すきっかけとなったのだろうか。ハードロックに持たれがちだった、暗く危険なイメージをあざ笑うかのように、屈託のない笑顔を浮かべて繰り広げる、エディの天真爛漫なパフォーマンスは、ハードロックを聴いて観る楽しさ、ロックギターを弾く楽しさを教えてくれた。後続のロッカーたちに与えた影響力の大きさは計り知れない。

世界中の “本物たち” から寄せられた追悼コメント


今回の訃報を受けて、ヴァン・ヘイレンのメンバーは勿論のこと、世界中の有名アーティストたちからの発信が相次いだ。ギタリストでは、スティーヴ・ルカサー、スティーヴ・ヴァイ等の同世代の盟友たち、ジミー・ペイジ、リッチー・ブラックモア、ピート・タウンゼント等の先輩たち、イングヴェイ・マルムスティーン等、直接的な影響を受けた後輩たち、布袋寅泰、山本恭司等、日本のプレイヤーたち。

HM/HR界では、ジーン・シモンズ、オジー・オズボーン、エアロスミス等のビッグネーム、メタリカ、モトリー・クルー等、アメリカ西海岸のシーンで影響を受けた後輩たち。

90年代以降のオルタナ世代からも、パール・ジャムやレッチリ等の後輩たち。広く音楽界では、エルトン・ジョン、ビリー・ジョエル、ビーチ・ボーイズ等、ポップス界の大御所たち。

リマインダー世代に興味深いところでは、デュラン・デュラン、ボーイ・ジョージ、リック・スプリングフィールド、シーラE、ジョン・オーツ、ブライアン・アダムス、ブライアン・セッツァー等、いわゆる80sの洋楽でお馴染みのアーティストたちの名前も、数多く目にした。

他にも、数えきれないアーティストからのメッセージが発信されているが、そこに込められた畏敬の念には、本物たちだからこそわかるエディの偉大さを感じずにはいられなかった。メタル、ロックに限らず、多方面のアーティストからも追悼コメントが溢れたのは、それだけエディが広く音楽シーンに絶大な影響を及ぼしていた証といえるだろう。

特筆すべき80年代コンテンツ、「ジャンプ」と「今夜はビート・イット」


そして、今回興味深かったのが、エディの訃報に関する一般メディアでの伝え方だ。多くの媒体では『ヒット曲「ジャンプ」を生み出し、マイケル・ジャクソンの「今夜はビート・イット」にゲスト共演したロックギタリスト』といったプロフィールで、報じられることが多かった。

熱心なエディのファンから見れば、それは長きキャリアのごく一部なのだが、世間一般での捉え方は今回の報道が示す通りであろう。80年代における2つの際立った事象があったからこそ、音楽史上に残るアーティストとして名を残すことになった事実に、改めて気付かされた次第だ。

今回、テレビなど各種メディアで、あれほどエディが取り上げられるとは、正直想像すらしなかったが、その悲しいニュースが流れるたびに、どこか誇らしい気持ちになったのも事実だ。それは、「ジャンプ」「今夜はビートイット」を通じて、エディがHM/HRシーンを飛び出し、より広いフィールドで認められる様子を誇らしく思えた、80年代当時に抱いた気持ちと同じだった。

80年代だけじゃない! 最後までこだわり続けた “枯れない” ギタープレイ


80年代の黄金期だけでなく、年輪を重ねて深化していくエディもまた魅力に溢れていた。ベテランギタリストの多くは、歳をとると渋い音楽性やサウンドに変化していき、がっかりさせられるのが常だ。けれどもエディは、風貌こそダンディになっても、“枯れる” という言葉と真逆の尖ったギタープレイ、歪みきったサウンドに最後までこだわり続けてくれた。

近年でも、2012年にリリースされた最後のスタジオ作『ア・ディファレント・カインド・オブ・トゥルース』や、2013年の東京ドームで観たライヴも本当に素晴らしく、エディが創り出す新しい音楽を、まだまだ楽しみにしていた。病魔に打ち克って欲しいと心から願っていただけに、無念な気持ちでいっぱいだ。あの時はマイケル・アンソニーがベースだったら、なんて正直思ったりもしたけど、愛息のウルフギャングと最後まで一緒に音楽を創り、ステージに立てたことは、エディにとって最高の幸せだったに違いない。

人生を豊かにしてくれた素晴らしい音楽を、ギタープレイを、今まで沢山与えてくれたエディには心から感謝したい。そして、エディが残してくれた偉大なるレガシーを、これから先も繰り返し聴いていきたいと思う。


『追悼:エディ・ヴァン・ヘイレン、クイーンのブライアン・メイとビッグな共演!』へつづく

2020.10.30
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