資生堂 vs カネボウ、いよいよ両社のCM音楽での対決姿勢が鮮明になってきた78年の春の陣。先行を許していたカネボウ陣営は、少々トリッキーな宣伝戦略で反撃を開始する。 映画「女王蜂」と全面タイアップ、映画のテーマ曲『愛の女王蜂』(歌:塚田三喜夫)をCM音楽としても使い、この映画でデビューの新人女優をCMタレントに起用したのである。中井貴恵、早稲田大学の2年生。往年の名優・佐田啓二の愛娘というよりは、今では中井貴一のお姉さんという方が通りが良いだろう。彼女をヒロインに「角川式メディアミックス」を取り入れたのである。当時は「角川商法」と云われ、好奇と揶揄に満ちた目で見られていた新手のプロモーション手法だ。 実は「女王蜂」は、東宝の製作で、正確に言うと角川映画ではないが、企画が角川春樹事務所であり、宣伝手法の面では角川商法を踏襲していると言って良いだろう。原作は横溝正史、映画監督が市川崑、主演に石坂浩二、CMソングの作詞をなんと松本隆という豪華メンバーである。 商品プロモーションのためのメディアミックス戦略自体は古くからあった手法だが、角川が新しかったのは、そこに “従来には無かった斬新なイメージ” を持ち込んだことだろう。たとえ原作が昔のものであっても、そこに新たなイメージを付加することで再び活性化して売れるのだ。広告で映画を売る、音楽で映画を売る…その結果、映画の原作である文庫本も売れる… つまり、「イメージでコンテンツを売る」仕組みを開発したのである。 映画と化粧品を合わせた圧倒的な物量作戦で、映画「女王蜂」は大ヒット、広告キャッチコピー「口紅にミステリー」「女王蜂のくちびる」も広く知られるところとなった。CMには市川監督や石坂浩二もちらっと登場し、映画のメイキングとCMがドッキングした演出になっている。 かたや、資生堂は、前年春の『マイピュアレディ』に続いて再び尾崎亜美の作曲でCMソングを… それが『春の予感 -I've been mellow-』。歌は南沙織、広告モデルは高原美由紀。CM演出も前作からのおしゃれ路線はそのまま。ミステリアス路線のカネボウとは対照的に、徹底して明るい柔らかな光で画面を彩っている。 面白いのは、両社のCMを比較してみると、共にカメラが世界観を作り出す道具として使われていることだ。虚構を映すカメラと、現実の瞬間を写そうとするカメラ。カネボウと資生堂が正反対の演出になっている。 さて、ここで、資生堂が流通・小売店に配った資料に注目してみよう。〈 …メロウカラーの反響はいかがですか。いよいよ春本番。〔中略〕メロウな世界を、お店の人全員で、大きくひろげてください… 〉 そして、決めのキャッチコピーが「時間よ止まれ、くちびるに。」そう、実はあの夏の名曲のコンセプトもタイトルも、半年前に資生堂宣伝部によってシリーズとして決められていたのである! (つづく)
2016.09.14
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