6月20日

バリー・マニロウのディスコヒット「コパカバーナ」と西城秀樹をめぐる冒険!

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バリー・マニロウのシングル「コパカバーナ」が日本でリリースされた日
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ラテンのパッションとショーガールの悲恋「コパカバーナ」


私には、人生で “一目惚れ” ならぬ “一耳惚れ” をした曲がいくつかある。その中のひとつが、1978年のバリー・マニロウ「コパカバーナ」だ。

この曲の魅力はとても一言では書ききれない。軽快なパーカッションとドラムで始まるラテン調のディスコビート。艶やかなハーモニーを奏でるストリングスにキメのホーンセクション。そして、幾重にも重なるゴージャスな女性コーラス。

70年代後半にあちこちから聞こえてきたディスコヒットの中でもひときわ異彩を放ち、ラテンのパッションとドラマティックなアレンジが施されたこの曲に、私は曲名も歌手名もわからぬまま一瞬で虜になってしまった。

その歌詞はというと、華やかな曲調とは裏腹に、“コパカバーナ” という名のナイトクラブで繰り広げられる、ショーガールの悲恋の物語。彼女の恋人であるバーテンダーが銃殺されてしまうという衝撃のシーンでは、女性の悲鳴も録音され「She lost her love」と続く。この歌詞世界はのちに同名のミュージカルとなり、日本でも宝塚歌劇団の演目として取り上げられた。

そして、その歌詞を綴るのは、色気のあるコード進行の中で、耳馴染みよく組み立てられたメロディー。そこにバリー・マニロウのソングライターとしてのセンスが光る。その結果、曲の全体像はすっきりと洗練され、大衆受けするポップスとして仕上がっている。

曲一番の魅力、それはバリー・マニロウ自身の歌声


だが何といっても、この曲の一番の魅力は、計算し尽くされたサウンドの中での、バリー・マニロウ自身の歌声だろう。その魅力の正体は、ズバリその “イナタさ” だ! どこかイナタい歌声が、むしろイノセントな響きとなり、ディスコチューンでありながらもメロディーに対する誠実さのようなものを醸し出している。

それもそのはず、のちにこの曲のタイトルと歌手名を知って駆け込んだレンタル屋に、その答えはあった。バリー・マニロウはそれまで、ピアノ主体のメロディアスなバラードナンバーでヒットを飛ばした歌い手であり、ディスコとは縁遠い存在だったのだ。

1974年のシングル「哀しみのマンディ(Mandy)」、翌75年の「歌の贈りもの(I Write the Songs)」と、デビュー間もなく2作が全米ビルボードチャートで1位を獲得。実は、この「歌の贈りもの」についても、私には一耳惚れに近しい記憶が残っていた。

ビーチ・ボーイズのブルース・ジョンストン作詞・作曲による「歌の贈りもの」は、イントロとメロディーが実に叙情的で美しい。特にサビの「♪ I write the songs of love and special thing」部分の印象は強烈だった。ただ、「コパカバーナ」と同じ人物の歌だとは思っておらず、後になってバリー・マニロウの偉大さを知るのだった。

日本が誇るエンターテイナー、西城秀樹もコンサートでカバー


そして、この「歌の贈りもの」「コパカバーナ」の両曲をカバーしているのが、日本が誇るエンターテイナーであり、2018年に惜しくもこの世を去った西城秀樹である。どちらの曲もコンサートの模様を収録したライブアルバムに登場している。

西城秀樹とバリー・マニロウといえば、思い出されるのが85年のデュエット作「腕の中へ -In Search of Love-」だ。その時すでにバリー・マニロウは世界的なスター。だが、その一大スターと西城秀樹が『夜のヒットスタジオ』で共演した映像を見返すと、歌唱力も舞台映えも秀樹は決してバリー・マニロウに負けていない。収録直前の楽屋にて、ふたりで考えたという振付けも、却って秀樹の方が様になっているではないか。

これは、デビュー当初から積極的に洋楽カバーを歌いこなすことに注力してきた秀樹が、底力を見せた瞬間だったのだろう。そしてここでも、日本語詞を忠実に歌うバリー・マニロウは、やはり少しイナタく微笑ましいのだった。

このデュエット作が生まれたエピソードによると、秀樹が歌うワム! のカバー曲「抱きしめてジルバ」(1984)を、バリー・マニロウが本国のFM放送で耳にしたことがきっかけだという。その歌声を、ジョージ・マイケルにも劣らない歌唱力だと高く評価していた矢先に、日本から作曲のオファーが舞い込んで、秀樹との共演に至ったらしい。なんと絶妙なタイミングと縁だろう。

新考察? バリー・マニロウと西城秀樹の関係性


だが私は思うのだ。もしやバリー・マニロウはもっと前から秀樹の存在を知っていたのではないかと。例えば、1975年、秀樹のヒット曲「傷だらけのローラ」のフランス語版が吹き込まれ、カナダのヒットチャートで2位を記録したあたりから…。また、このヒットに一役買ったといわれるカナダの歌手、ルネ・シマール少年が、秀樹とバリー・マニロウを繋いだ可能性もある。ルネは、74年の『第3回東京音楽祭世界大会』でのグランプリ受賞時より秀樹と親交があり、ルネ自身もバリー・マニロウの大ファンだったというから尚更怪しい。

さらに、秀樹が日本語訳の「コパカバーナ」をコンサートで歌ったのが78年7月~8月(ライブアルバム『ビッグ・ゲーム・ヒデキ '78』に収録)。アメリカでの「コパカバーナ」シングルカットから僅か1ヶ月後だ。これはカバーするには早過ぎやしないか…。すでに何らかの交流があったのではないかと疑わしい。まさかふたりの共作なのだろうか…。いや、できれば共作であって欲しいと私は願う。

「傷らだらけのローラ」と「コパカバーナ」の主人公は同一人物?


というのも、「コパカバーナ」の主人公、Her name was Lola なのだ!

彼女は、恋人を失い憔悴しきったまま、30年もの月日を過ごし、ディスコへと変貌してしまった店内で、場違いなショーガール姿に身を包み酒に溺れる。

もし、このローラと「傷だらけのローラ」が同一人物であったなら…。映画『スター・ウォーズ』シリーズの逆順のように、いずれ彼女の心を癒す新たな恋人の登場が前提であったならば、どんなに救われることだろう。

 ローラ 君を 誰が
 ローラ そんなにしたの
 ローラ 悪い夢は
 忘れてしまおう

一瞬の銃声で、恋人と生きる希望を失ってしまったローラ。彼女を救えるのは、秀樹だけだったのかもしれない…。

77歳を迎えた今もなお、ショービズ界のスーパーレジェンドとしてステージに立ち、観衆を魅了するバリー・マニロウ。次作には是非「コパカバーナ」の続編として、ローラの新たな恋の歌を書いてもらいたいものだ。


※2019年6月17日に掲載された記事をアップデート

2020.06.20
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