80年代にクローズアップされた音楽ジャンル「ゲーム音楽」
1980年代にクローズアップされた音楽ジャンルのひとつにゲーム音楽がある。その前史として、電子音楽、シンセサイザー・ミュージックの誕生があった。
初期の電子音楽は、カールハインツ・ショトックハウゼンなどによる現代音楽の概念で語られていた。しかし、1960年代になるとウォルター・カルロスの『スイッチト・オン・バッハ』(1968年)、ジョージ・ハリスンの『電子音楽の世界(Electronic Sound)』(1969年)など話題作も生まれ、一般にも認知されはじめた。さらに冨田勲の『月の光』(1974年)が世界的にヒットする他、プログレッシブロックなどさまざまな音楽にシンセサイザーが取り入れられていった。
一方、1976年にはアップルコンピュータの第1号機「Apple Ⅰ」がつくられるなど、コンピュータの普及とともに、ゲームの世界にもコンピュータが少しずつ進出しはじめていた。
ゲームセンターを飛び出したコンピュータゲーム
僕が最初にプレイしたコンピュータゲームは喫茶店に置かれていた「ブロック崩し」だった。「ブロック崩し」は1976年にアーケードゲームとして発表されたゲームだが、画期的だったのは、ゲームセンター以外でもプレーできるようにテーブル型の筐体も開発されたことだった。
このテーブル型ゲームは、喫茶店をはじめさまざまな場所に置かれて、幅広い層にコンピュータゲームに親しむきっかけをつくることになった。僕も、「サーカス」(1977年)、「スペースインベーダー」(1978年)、「パックマン」(1980年)、「ドンキーコング」(1981年)、「ゼビウス」(1983年)などのゲームが置いてある店を探しては、100円玉を注ぎ込んだものだった。そういえば、80年代前半頃にはレコーディングスタジオのロビーにもテーブル型筐体のゲームが置いてあり、取材するミュージシャンの時間が空くのをゲームをしながら待ったりしたものだった。
アーケードゲームから少し遅れて、パーソナルユースのコンピュータゲームが現れる。たぶん、その先鞭をつけたのは1980年に登場したゲームウォッチ、そして1981年に登場したカセットビジョンだろう。ゲームウォッチはひとつのゲームしか遊べなかったけれど、カセットビジョンはカセットを交換することで複数のゲームができる画期的ゲーム機だった。その最初のソフトだった「きこりの与作」は、1979年にアーケードゲームで発表された「与作」の移植版で、これは僕も遊んだ記憶がある。
ピコピコサウンドを “新しい時代のノイズ” と捉えた YMO
こうした70年代から80年代初期のゲームのサウンド(ゲーム音)に注目した最初のアーティストが YMO だった。
当時のゲームにつけられていた音はシンプルなものだった。前出の「きこりの与作」では、ゲームのアイデアの素になった北島三郎のヒット曲「与作」や「葬送行進曲」のメロディが使われたりしていたが、ほとんどのゲームで流れていたのは単音の効果音レベルのいわゆる “ピコピコサウンド” だった。
しかし YMO は、そんなチープなコンピュータゲームの音を “新しい時代のノイズ” と捉えた。それは、エレクトロニクス・サウンドによるエキゾティック・ポップミュージックの構築という自らのコンセプトに通じる、ゲーム音を新しい時代の都市のBGMとして聴く、というイメージだったんじゃないかと思う。
YMO のファースト・アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』(1978年)には、「コンピューター・ゲーム “サーカスのテーマ”」「コンピューター・ゲーム “インベーターのテーマ”」という、当時の最先端コンピュータゲームの音をモチーフとした2曲が収められている。
改めてこれらの曲を聴くと、初期のコンピュータゲームのサウンド機能がきわめて貧弱なものだったからこそ生まれる味わいがあること、そして YMO はその “音の味” を意識的に生かしていることが感じられる。
細野晴臣がリリースしたアルバム「ビデオ・ゲーム・ミュージック」
YMO の中でもゲーム好きだった細野晴臣は、1984年にも『ビデオ・ゲーム・ミュージック』というアルバムをリリースしている。この作品は細野も大好きだった名作ゲーム「ゼビウス」をはじめとするアーケードゲームのサウンドトラック・アルバムとして構成されたもの。「ゼビウス」「ボスコニアン」「パックマン」「ディグダグ」など10種の比較的新しいアーケードゲームのサウンドが収録されている。この頃には、ゲームサウンドも単音ではなく、複数の同時発音が可能で、和音も表現できるようになっていた。
「ゼビウス」はシューティングゲームなのだが、それまでの単純な敵をやっつけるシューティングゲームやアクションゲームとは一線を画し、その戦闘の背景が綿密につくり込まれ、壮大なSFの一場面としてプレイすることができる物語性をもっていた。こうしたストーリーや設定を重視する姿勢は、この少し前に人気を集めたアニメ『機動戦士ガンダム』の壮大な世界観にも通じているように感じられる。
『ビデオ・ゲーム・ミュージック』は、ゲームとしての面白さにのめり込むと同時に「ゼビウス」の斬新なコンセプトにも興味を持った細野が、ゲーム音楽だけのアルバムという、それまでは考えられなかった企画を実現させたという意味でも画期的な作品だ。このアルバムによって、ゲーム音楽という音楽ジャンルが生まれたと言って間違いではないと思う。
黎明期のゲーム音楽は、コンピュータゲームのシンプルなピコピコ音を “新しい時代のシンボル” と捉える意味合いが強かった気がする。しかしその後のゲーム機の進歩やゲーム内容の多様化に伴って、ゲーム音楽自体も新しい展開を見せていくのである。
後篇へつづく
2020.07.05