12月21日

ニュー・オーダーのダンス美学「ブルー・マンデー」は本当にブルーだったのか

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ニュー・オーダーのアルバム「権力の美学」が日本でリリースされた日
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photo:Warner Music Japan  

ファンがアーティストに抱えるイメージは、時としていい加減だ。とくに海外のアーティストについては、今のようなインターネット時代ならともかく、1980年代には情報がそれほど入ってこなかった。今回は、そのような思春期のカン違いのお話。

ニュー・オーダーというバンドを知ったのは、1983年の高校2年の頃。ラジオで耳にした「ブルー・マンデー」が、イギリスではチャートを大いに賑わせているという。当時のイギリスのチャートではエレクトロポップが人気を呼んでいたが、「ブルー・マンデー」は旋律に起伏が乏しいばかりか、サビらしいサビがない。不思議な曲だなあと思いつつ、何度も聴いているうちに、ハマッた。

同じころ、音楽誌を読むと、「ブルー・マンデー」はニュー・オーダーの前身バンド、ジョイ・ディヴィジョンのフロントマン、イアン・カーティスの自殺について歌っている… 、的なことが記されていた―― 。

1980年5月18日、韓国で軍隊がデモに参加した民衆を無差別に撲殺する “光州事件” が起きた日、イギリスではイアン・カーティスが首を吊って自らの命を絶った。翌日の月曜日にバンドは、未来を拓くはずのアメリカツアーに出発しようとしていたのに。享年23。

そう聞かされ、「ブルー・マンデー」に特別な気持ちが生まれてくるのは、死について考えるようになる17歳の多感なガキンチョには必然だ。イアンの命日が自分の誕生日の翌日であることも手伝い、無機質なダンスビートは自分のアンセムとなった。

同年12月、ついにニュー・オーダーのアルバム『権力の美学(Power, Corruption & Lies)』の国内盤が、輸入盤とは無縁の北国の田舎町でも発売される。

雪の降る日、チャリを漕いでレコ屋に行き、バイト代をはたいて買った。で、聴いてみたのだが、微妙に想像していたのとは違う。クラい曲、無機質なダンスチューンもあるにはあるが、なんというか、“明るい” のだ。何度も聴いてるうちに好きになったが、やはりどこか引っかかった。

そのズレは、少しずつはっきりしていく。すでに本国でリリースされているシングル「コンフュージョン」は黎明期の米ヒップホップシーンをリードしていたアーサー・ベイカーのプロデュースによるもの。英国のインディバンドと、米 NY のクラブシーンのカリスマの結びつきが、何とも不思議に思えた。

数年後に観た来日公演こそ、無愛想で “やっぱりね” と思ったりしもしたが、クラブミュージックのメッカ、イビザでレコーディングしたアルバム『テクニーク』は、やはりアッパーなダンス曲が主体だった。

極めつけは、90年のシングルで、サッカー、イングランドチームの応援歌「ワールド・イン・モーション」が全英チャートでナンバーワンとなったこと。ニュー・オーダーが、こんな歌を歌うとは… 。そう、彼らは暗いインディバンドではなかった。英国の国民的なバンドだったのだ。

2015年に翻訳されたフロントマン、バーナード・サムナーの自伝『ニュー・オーダーとジョイ・ディヴィジョン、そしてぼく』を読むと、“死の影を引きずるダークなバンド” という十代のニュー・オーダーへのイメージが、カン違いであったことがよくわかる。

当時国内盤が出ていなかったファーストアルバム『ムーヴメント』こそイアン抜きのジョイ・ディヴィジョンのメンバー3人によってレコーディングされたが、バーナードは “陰鬱過ぎるアルバムで好きではない” と記している。その後、NY のクラブシーンを体験して、シンセサイザーにも興味を示すようになり、そのアッパーな空気感が「ブルー・マンデー」となって結実したというのが正解のようだ。

ちなみに、この曲を、歌詞を変えて CM に使用したいという飲料メーカーのリクエストに、バーナードは一度は応じたらしい。

当時、クラブミュージックとしてニュー・オーダーを聴き始めていたら、こんなに好きになっただろうか? そんなことを考えると、十代の音楽との出会いは独特だし、本当に面白いと思ったりするのだ。


※2018年5月18日に掲載された記事をアップデート

2019.05.18
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カタリベ
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