歌謡史上最強のノリツッコミ、ピンク・レディー「カルメン'77」
「♪私の名前は カルメンでっす!」
―― 1977年3月、もうすぐ小5になる春に、私はこの衝撃的なフレーズを聴いた。いきなり自己紹介である。しかも名前が「カルメン」と来たもんだ。これをカルメン・マキが歌っているなら、まだわかる。だが、歌っているのは静岡生まれのミーとケイだ。
しかも語尾が「です」じゃなく「でっす!」。「私は誰が何と言おうが、カルメンなんでっす!」という強烈な主張。「え、どうゆうこと?」と脳が混乱しているところへ、さらに衝撃的なフレーズが襲う。
「♪ああ 勿論あだ名に きまってまっす!」
あだ名かーい!! 自分でボケて、自分でツッコむ。なんなんだコレは? 歌謡史上最強のノリツッコミ、と呼ばせていただこう。
てか、この冒頭の歌詞、ものすごく意味のない2行だ。だが当時10歳の私は、この無意味さにシビれた。そもそも、冒頭で自己紹介する曲なんて過去にあっただろうか?
あ、かなり古いけど、山田太郎の「新聞少年」があるな。だがあの曲は「♪僕のアダナを知ってるかい~ 朝刊太郎と云うんだぜ~」という具合に、先に「ニックネームだぜ」ときちんと断っている。「カルメンでっす!」と自ら名乗っておいて、「ああ 勿論あだ名に きまってまっす!」って、人を小馬鹿にするにも程があるだろう。こんな歌詞、アリなのか?
イントロの元ネタは、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ
ところが、彼女たちにとって3作目となる、人を食ったこの「カルメン’77」、前作「S・O・S」に続くオリコン1位曲となり、前2作を上回る66.3万枚のセールスを記録した。次作「渚のシンドバッド」からミリオンセラーを連発、ピンク・レディー旋風が吹き荒れるのだが、その下地を作った曲と言っていいだろう。なにげに、この冒頭の2行が世間に与えたインパクトは大きかったと思う。阿久悠、やはりグレイトだ。
さらに曲も、イントロからして「これでもか!」というくらい情熱的で、サービス満点である。だいぶ後になって、米国のブラスロックバンド、ブラッド・スウェット・アンド・ティアーズの「Lucretia Mac Evil」という曲を「イントロ元ネタ」として聴かされたが、都倉俊一の料理の仕方は完璧だ。モト曲の「うま味成分」だけを抽出して、日本人好みの味付けを施し、さらに美味しくしているのだ。
筒美京平も、洋楽のエッセンスを取り出して日本人好みに変換する達人だが、都倉の場合はサビに行くまで、イントロもAメロもBメロも全部美味しくしないと気が済まないようだ。特にピンク・レディーの一連のヒット曲は、みんなサービス過剰である。そこに阿久悠の、常識の裏を行くインパクト絶大な歌詞が乗り、土居甫の一度見たら絶対に忘れない振り付けが加わるんだから、流行らないわけがない。
阿久悠が感じた作家的飢餓?
ここで、時計の針をちょっと前に戻す。デビュー曲「ペッパー警部」が出た1976年8月、私は9歳、小4だった。ミーとケイは当時どんなつもりで踊っていたのかわからないが、ミニスカで脚をパカパカ開く振り付けは、性に目覚めつつある男子にはかなり刺激的だった。「ピンク・レディーって、なんかよくね?」と真っ先に食い付いたのはスケベな男子大学生たちだと聞いたことがあるが、それは正しいと思う。
ただ、ビクターの担当ディレクター・飯田久彦から「この子たちで、今のヒットチャートにない曲を作りたいんです!」とプロデュースを託され、スイッチが入った阿久悠も、「S・O・S」の時点ではまだどういう路線で行くべきか迷いがあったのではないか。
「S・O・S」はたしかに、初のナンバー1ヒットになり、ピンク・レディー現象の導火線にはなった。だが歌詞の内容は「♪男は狼なのよ~ 気をつけなさい~」という他愛のないもので、言ってしまえばお色気歌謡の延長、主人公の人となりは見えて来ない。阿久悠自身も「今のヒットチャートにない曲とは、こんなものじゃない。もっと何かできるはずだ」という作家的飢餓を感じていたような気がする。
さらに二人を売っていくには、歌の中にキャラの立った人物を登場させ、楽曲自体を「見世物小屋」に仕立て上げる…… それしかないと決断したのだろう。その結果誕生したのが、自ら「カルメンでっす!」と名乗る女性だったのではないか。衝撃的な冒頭の2行は「歌謡曲の世界にこれまで存在しなかったキャラを、これからどんどん生み出していくぞ!」という、阿久悠が世間へ突き付けた「挑戦状」でもあった。
ある意味、レッドゾーンに振り切ったこの曲が与えたインパクトはもう一つ、「語尾」にもある。阿久は最初から最後まで、あえて「ですます調」で詞を書いた。歌っている内容はものすごく情熱的なのに、口調はなぜかやけに丁寧。だから聴いていてものすごく違和感がある。てか「でっす!」「まっす!」なので丁寧もへったくれもないのだが、そこがまた強烈なフックになっている。
タイトルは「Gメン’75」のパロディ?
まあとにかく、ピンク・レディーは今後、すべてにおいて「常識外れ」で行こう…… 阿久悠はじめスタッフ一同、そう腹を括ったのが「カルメン’77」であり、この決断があったからこそ「ピンク・レディー旋風」は社会現象にまでなったのだと思う。
「♪これできまりです~ これしかないのです~ ああ~ あなたをきっと とりこにしてみます」
あらためて聴くと、歌詞を借りたみごとな「決意表明」であり、かつ「予言」ではないか。なんなんだ阿久悠? もう唸るしかない。
そういえば「カルメン’77」という曲名も、ずいぶん型破りなタイトルだ。「1977年のカルメン」(9年後、似たタイトルの曲を本田美奈子が歌うけれど)という意味合いなのだろうが、それじゃつまらない。
前年にベートーベンの曲をディスコ調にアレンジして大ヒットした「運命’76」や、同時期公開の映画「エアポート’77」の影響もあったのかもしれないが、私が思うにこのタイトル、実は「Gメン’75」のパロディだったのではないか? 「Gメン」「カルメン」ときれいに韻を踏んでいるのが何よりの証拠だ。
もしかして「ペッパー警部」のモデルは、丹波哲郎演じる黒木警視正だったのかも? ……カップル相手に、何のGメンだよ!
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2022.07.18