80年代の音楽シーン「eyes」を引っ提げ現れた渡辺美里
筆者の小学生時代といえば松田聖子、たのきんトリオなどなどアイドル全盛期。クラスメートの女子から聞こえてくるのは「誰が好き? 俊ちゃん? マッチ?よっちゃん?」という質問ばかり。どこかにカテゴライズするのはきっと楽なんだろう… 私はそんな風潮にちょっとウンザリしていた子供だった。
1983年には、たのきんトリオが解散し、入れ替わるように出てきたのがアイドルとアーティストのカラーを持ったちょっとヤンチャなチェッカースだった。自ずと女子たちはアイドル派とチェッカーズ派に分かれていく。けれどやっぱり私は、どちらにも属することができなかった。同時に歌謡曲と一線を画した、後に言うところの“J-POP”と呼ばれる音楽が生まれ、音楽の選択肢は一気に広がっていった。
1985年になり、中学生となった私はEPICソニーのアーティストにハマり、たくさんの音楽を知っていくた。あの頃の自分にはまだ佐野元春の音楽は洋楽っぽくて大人に見えたし、尾崎豊ほど社会に対する疑問や不満を持つまでにはたどり着けていなかった。ただ、中学生といえば多感な時期で、人並みに悶々とした気持ちを抱えていたのは事実だった。
やり場のない気持ちだとか、何に対してこんなにも苛立ち、苦しいのか… 分からない。
この気持ちをなんと呼べばいいのかすら分からない… そう、分からないことだらけなことがさらに苦しみを増幅させた。今、振り返るとなんともティーンエイジャーらしいなとも思う。そんな時、目の前に現れたのが渡辺美里、その人だった。
歌詞に込められたティーンエイジャー等身大のリアル
知り合いの年上のお姉さんがダビングしてくれた1本のカセットテープ。それが渡辺美里のデビューアルバム『eyes』との出会い。インストから始まり、「GROWIN' UP」のイントロが流れた瞬間、身も心もシビれた。スピード感溢れる曲、ボーカルの力強さと格好良さ。突然、心に矢が突き刺さるような衝撃だった。
本当の私をさがしたいの
生きるって自分を燃やすこと
振り向いて悔やんだりしたくない
そして、何よりタイトルを目にした時から、一番気になっていた曲「死んでるみたいに生きたくない」。そもそもこんなパンチのあるタイトルの曲を、当時、耳にするどころか目にしたことすらなかった。イントロで繰り返されるリズムがまるで自分のはやる鼓動のように聞こえてくる。そしていきなりの高音ボイスで「誰もさわらないで 私のハートに」ときっぱり言い切る真っ直ぐな歌声。
かんだくちびる
痛くしたまま
傷になってもいい
死んでるみたいに生きたくないの
自分の人生を絶対に人に任せにしたりしない。自分の足で歩いて行くと言い放つ凜とした姿が見えてくるようで、はじける歌声が眩しかった。
『eyes』には当時の10代の女の子の等身大のリアルが詰まっていた。
この時、渡辺美里、19歳。真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな瞳と、ひたむきさ、力強さ、そして説得力。かと思うと繊細すぎるほど繊細に揺れる歌声…。それはデビューしたてで、今まさに走りだそうとしている渡辺美里自身の姿とも重なって見えた。
アルバムを聴き終えたときに感じたことは今でも忘れない。それは「闘うのは社会や大人じゃない。自分自身と向き合い、闘うこと」だと渡辺美里の曲が教えてくれたからだ。それは当時、私が抱えていた鬱屈とした葛藤や生きづらさといった、あの名前をつけられなかった苦しい気持ちへの答えだった。そしてそれは、とても大きな “希望” に見えたから…。
岡村靖幸、大江千里、木根尚登、小室哲哉… 作家として参加したアーティストたちの才能
『eyes』で作曲家として参加しているたくさんのアーティストにも注目しておきたい。岡村靖幸、大江千里、木根尚登、小室哲哉… ずらりと並ぶビッグネーム。ここから一人ひとりがアーティストとしての才能を大きく開花させていく―― そんな時期の彼らの才能の輝きがこのアルバムには詰まっている。
最後に収録曲「きみに会えて」について触れておきたい。のちに名曲「My Revolution」を生み出した小室哲哉が作曲したこの曲。現在に至るまで小室が手掛けた無数の楽曲の中でも異色の作りになっている。いわゆる世に言う小室サウンドとは一線を画すような、淡々とした、ふわーっとした優しい空気感が漂う温かな曲だ。小室自身も、のちにセルフカバーしたり、昨年の自身のビルボートライブでも披露したお気に入りの1曲だ。
渡辺美里が『eyes』を通して教えてくれたもの、それは紛れもなく「希望」や「負けない気持ち」だ。そして今も変わらず渡辺美里の歌声は、くじけそうなとき、私たちに力をくれる。何かを見失いそうなときは、「闘う相手はいつだって自分自身」と教えてくれる。そう、いつだって「死んでるみたいに生きたくない」から。
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2022.10.02