いつどこで手に入れたのか定かではない一枚のモノクロ写真が僕の「80年代の思い出段ボール箱」から出てきた。 上の画像にある白竜バンドの写真がそれだ。若々しいなぁと思いながら中央にいる白竜から目を右にずらしていくと、一番右端にどこかで見たことがある顔が見つかると思う。 若き日の小室哲哉だ。 ムム〜だいぶ感じが違うなぁ。小室哲哉は TM NETWORK 以前、様々な人のバックバンドやスタジオミュージシャンとして活動してきたらしく、白竜バンドもその中の一つだったのだろう。 白竜の1stアルバム『光州シティ』には小室哲哉の名前がクレジットされている。元々このアルバムは “シンパラム” というタイトルで発売を予定していたのだが、収録曲の「光州シティ」の歌詞の影響で発売禁止となり、しばらくの間、自主制作盤としてライブ会場だけで売られていたという曰く付きのアルバムでもある。 発売禁止の原因になった「光州シティ」は、韓国で起きた「光州事件」を題材にしている。この歌詞のどこが問題なのか? 当時、僕は歌詞の内容に全くピンときていなかった。僕が生まれるずっと前に起きた他所の国の出来事だろ、そんな程度だ。 アルバム発売から40年近く経ったつい最近、韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2018年日本公開)を観て初めて光州事件のことをちゃんと知ることになった。 光州事件は1980年5月に朝鮮半島の南西部に位置する光州で起きた学生や市民による民主化運動のこと。デモの鎮圧のために韓国軍が市民へ発砲し多くの死者・行方不明者を出したが、そのニュースは韓国政府によって統制され、事実とは全く違う形で報道されていたという。それを歌ったのが「光州シティ」だったのだ。 アルバム『光州シティ』の発売が1981年11月だから、その一年ちょい前ぐらいの出来事だったのか。昔話なんかではなく、僕がロックに出会ったまさにその時代の出来事だったのだ。 臭いものに蓋をするな! と白竜が開けた蓋の中を僕は覗き込まなかったということだ。 僕にとってロックは今まで気がつかなかったことや気にも留めなかったものを気づかせてくれる触媒みたいなものだ。自分の小さい世界を少しずつ、時には一気に広げてくれるものなのに、自分の感度が鈍くてそれを感じとれないのでは話にならない。 あの頃に戻ることができるなら、イキがっている自分に「光州シティ」をもっと真面目に聴け! 光州で何が起きていたのかを調べてみろ! と怒鳴りつけてやりたい気分だ。ついでにキーボードにも注目しとけよ! と。 アルバム『光州シティ』のラストに収録されている「PAS DE DUEX」は PANTA が提供した曲だ。白竜と PANTA には発売禁止同士の固い絆があるのかもしれないが、二人とも内田裕也主宰の『NEW YEAR ROCK FESTIVAL』にもよく出演していたので、親しい関係にあったことは容易に想像できる。 それより、つい最近 “おったまげー” のつながりがあることを知った。 小室哲哉は白竜バンドの前に PANTA&HAL に在籍していたというのだ。アルバムレコーディング前の在籍だったのでクレジットはどこにも残っていない。40年間全く知らなかったな。 どうでもいい些細なことだけど僕はこれを「小室事件」と呼ぶことにした。
2018.07.03
VIDEO
YouTube / hakuryutube
PAS DE DUEX / 白竜
Pas De Deux / PANTA
Information